WT2-B04|歴史総合・世界史探究 対策問題
インドのマウリヤ朝アショーカ王について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
征服戦争の悲惨さを悔い、ダルマ(法)による統治を掲げて仏教を保護した
この問題のポイント
マウリヤ朝アショーカ王の統治を問う問題。「カリンガ征服の悔悟→ダルマによる統治→仏教保護」という流れで解ける。
解説
アレクサンドロスの遠征後の混乱の中、チャンドラグプタが北インドにマウリヤ朝を建てた。その孫にあたる第3代アショーカ王(前3世紀)は、南東部のカリンガ国を征服して領土を最大にしたが、この戦争のあまりの惨禍を深く悔いたと伝えられる。
以後、王は武力ではなくダルマ(法・普遍的倫理)による統治を掲げた。その方針を各地の磨崖碑・石柱碑に刻ませ、人々に不殺生や親孝行などの倫理を説いた。
仏教の保護にも努め、仏典の編集(結集)を支援し、王子(または王弟)をセイロン島(スリランカ)へ派遣して布教させた。これが上座部仏教が南方へ広がる出発点となった。
なお、ヴァルナ制そのものを法律で廃止したわけではない。また、ガンダーラ美術や大乗仏教は後のクシャーナ朝(カニシカ王、2世紀)の時代のもので、王朝の対応を混同しないことが重要である。
ひっかけポイント
マウリヤ朝アショーカ王(上座部仏教・セイロン布教)とクシャーナ朝カニシカ王(大乗仏教・ガンダーラ美術)の王朝と仏教の対応の入れ替えが最頻出の引っかけ。
選択肢の確認
①「征服戦争の悲惨さを悔い、ダルマ(法)による統治を掲げて仏教を保護した」
✅ 正しい。
マウリヤ朝のアショーカ王はカリンガ征服の惨禍を悔いてダルマによる統治を宣言し、磨崖碑・石柱碑を建て、仏典の結集やセイロン布教を進めた。
②「イスラームを国教としてインドを統一した」
❌ 誤り。
イスラームの成立は7世紀で、前3世紀のアショーカ王より900年ほどあとである。インドのイスラーム王朝の成立は13世紀以降である。
③「ヴァルナ制を法律で廃止した」
❌ 誤り。
アショーカ王がヴァルナ制を法律で廃止した事実はなく、身分制はその後も長く続いた。
④「ガンダーラ美術を弾圧した」
❌ 誤り。
ガンダーラ美術は1〜3世紀のクシャーナ朝期に栄えた仏教美術で、アショーカ王の時代より後のものである。
覚えるポイント
- アショーカ王はカリンガ征服を悔いダルマによる統治
- 磨崖碑・石柱碑に方針を刻み、仏教を保護
- セイロン布教=上座部仏教の南伝の起点
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。