KZ-R6HB-07|歴史総合・世界史探究 対策問題
図1はマウリヤ朝の治世下の主要道を再現した略図である。この王朝で、主要道沿いに磨崖碑や石柱碑を置いて統治理念を刻ませた王はだれか。

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正解: 1
正解
アショーカ王
この問題のポイント
マウリヤ朝で磨崖碑・石柱碑を建てた王を問う問題。ダルマによる統治を掲げたアショーカ王という基本知識に、道路網と碑文の関係という資料の視点が加わる。
解説
マウリヤ朝は前4世紀末、チャンドラグプタが建てたインド最初の統一王朝である。その最盛期の王が、前3世紀のアショーカ王だ。
アショーカ王は南インドのカリンガ征服で多数の犠牲を出したことを悔い、仏教に帰依した。そしてダルマ(法・倫理)による統治を掲げ、その理念を磨崖碑・石柱碑に刻ませた。
碑は幹線道路沿いや領域の要所など、人の目に触れる場所に置かれた。道路網は軍隊と役人が行き来する統治の動脈であると同時に、王の理念を各地へ伝える媒体でもあった。
図1の主要道と碑の位置関係は、古代帝国が交通路を通じて支配を浸透させたことを示している。
ひっかけポイント
カニシカ王はクシャーナ朝(2世紀ごろ)、チャンドラグプタ2世はグプタ朝、アクバルはムガル帝国。王朝と王の組合せの入れ替えが定番のひっかけ。
選択肢の確認
①「アショーカ王」
✅ 正しい。
正解。アショーカ王は前3世紀、カリンガ征服の惨禍を悔いてダルマによる統治を掲げ、磨崖碑・石柱碑を主要道の要所に置いて理念を刻ませた。
②「カニシカ王」
❌ 誤り。
カニシカ王は2世紀のクシャーナ朝の王で、大乗仏教やガンダーラ美術の保護で知られる。マウリヤ朝の碑文の主ではない。
③「アクバル」
❌ 誤り。
アクバルは16世紀のムガル帝国第3代皇帝で、ジズヤ廃止などの融和策で知られる。時代が約1800年ずれている。
④「チャンドラグプタ2世」
❌ 誤り。
チャンドラグプタ2世は4〜5世紀のグプタ朝最盛期の王である。マウリヤ朝の創始者チャンドラグプタとの名前の類似に注意。
覚えるポイント
- アショーカ王は前3世紀、マウリヤ朝最盛期
- カリンガ征服の反省から仏教に帰依、ダルマによる統治
- 磨崖碑・石柱碑を道路沿いの要所に設置
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。