WT2-B02|歴史総合・世界史探究 対策問題
アケメネス朝ペルシアの統治について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
全国を州に分けてサトラップを置き、「王の道」を整備した
この問題のポイント
アケメネス朝の統治体制を問う問題。「サトラップ・王の道・寛容な統治」の3点セットで解ける。
解説
アケメネス朝ペルシアは前6世紀、キュロス2世が建国し、オリエント全域を統一した大帝国である。ダレイオス1世の時代に、エーゲ海からインダス川に至る最大領域と統治制度が完成した。
統治の柱は次の通りである。
- 全国を約20の州に分け、知事であるサトラップを置いた
- 「王の目・王の耳」と呼ばれる監察官を巡回させ、サトラップを監視した
- 都スサと小アジアのサルデスを結ぶ「王の道」を建設し、駅伝制を整備した
- 統一貨幣の発行や交易の保護で経済を活性化した
特筆すべきは、服属した諸民族に貢納と引き換えに固有の宗教・慣習を認める寛容な統治を行った点である。キュロス2世がユダヤ人をバビロン捕囚から解放したことはその象徴とされる。
強制移住などの圧政で反発を招き短命に終わったアッシリアとの対比で、この寛容策が帝国を約200年支えたと理解しておきたい。
ひっかけポイント
アッシリア(圧政・短命)とアケメネス朝(寛容・長期安定)の統治方針の対比が引っかけの核心。「被征服民の宗教をすべて禁止」は史実と正反対の選択肢である。
選択肢の確認
①「文字を持たず、記録は口伝のみだった」
❌ 誤り。
アケメネス朝は楔形文字によるベヒストゥーン碑文などを残しており、記録が口伝のみという説明は事実に反する。
②「海軍を持たず、地中海には進出しなかった」
❌ 誤り。
アケメネス朝はフェニキア人などの海軍を用いてペルシア戦争でギリシアと戦っており、地中海へも進出している。
③「全国を州に分けてサトラップを置き、「王の道」を整備した」
✅ 正しい。
アケメネス朝は各州にサトラップを置き、王の目・王の耳と呼ばれる監察官を巡察させ、スサとサルデスを結ぶ王の道と駅伝制を整備した。
④「被征服民の宗教をすべて禁止した」
❌ 誤り。
アケメネス朝は服属民の宗教・慣習を認める寛容な統治を行い、キュロス2世はユダヤ人のバビロン捕囚を解いた。
覚えるポイント
- アケメネス朝はサトラップ(知事)と王の目・王の耳で統治
- 王の道はスサとサルデスを結ぶ、駅伝制を整備
- 寛容な統治が特色(キュロス2世はバビロン捕囚を解放)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。