WT6-W03|歴史総合・世界史探究 対策問題
1917年のロシア十月革命(十一月革命)で政権を握った勢力と指導者の組合せとして正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
ボリシェヴィキ・レーニン
この問題のポイント
十月革命の主体を問う問題。レーニン率いるボリシェヴィキが臨時政府を倒した、という組合せで解ける。
解説
1917年のロシアでは、2つの革命が起こった。この2段階の区別が最重要である。
まず3月(ロシア暦2月)の二月革命で帝政が崩壊し、ニコライ2世は退位、臨時政府が成立した。
しかし臨時政府が戦争を継続したため、民衆の不満は解消されなかった。「すべての権力をソヴィエトへ」「即時講和」を掲げるレーニンのボリシェヴィキが支持を広げ、11月(ロシア暦10月)に武装蜂起で臨時政府を倒した。これが十月革命である。
新政権は「平和に関する布告」「土地に関する布告」を発表し、1918年のブレスト・リトフスク条約でドイツと単独講和して大戦から離脱した。
ひっかけポイント
二月革命(帝政崩壊・臨時政府成立)と十月革命(ボリシェヴィキ政権樹立)の2段階の混同が最大の引っかけ。ケレンスキーは倒された臨時政府側の首相である。
選択肢の確認
①「ボリシェヴィキ・レーニン」
✅ 正しい。
正解。レーニン率いるボリシェヴィキが1917年11月に武装蜂起して臨時政府を倒し、平和に関する布告と土地に関する布告を発した。
②「メンシェヴィキ・ケレンスキー」
❌ 誤り。
ケレンスキーは十月革命で倒された臨時政府の首相であり、メンシェヴィキが政権を握ったのではない。
③「社会革命党・ニコライ2世」
❌ 誤り。
ニコライ2世は同年の二月革命で退位した皇帝であり、社会革命党の指導者でもない。
④「立憲民主党・スターリン」
❌ 誤り。
スターリンは立憲民主党ではなくボリシェヴィキの一員であり、権力を握るのはレーニンの死後である。
覚えるポイント
- 二月革命で帝政崩壊、十月革命でボリシェヴィキ政権
- 指導者はレーニン、スローガンは全権力をソヴィエトへ
- ブレスト・リトフスク条約(1918年)で大戦離脱
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。