RS3-025歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち(2) 第一次世界大戦と大衆社会

1917年のロシア革命を指導し、世界初の社会主義政権を樹立した人物はどれか。

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正解: 1

正解

レーニン

この問題のポイント

ロシア革命の指導者を問う基本問題。「1917年・世界初の社会主義政権」からレーニンを特定する。

解説

第一次世界大戦の長期化で、ロシアでは食料不足と厭戦気分が広がった。1917年3月(ロシア暦2月)の革命で皇帝ニコライ2世が退位してロマノフ朝は崩壊し、臨時政府が成立した(三月革命)。

しかし臨時政府が戦争を継続したため民衆の不満は収まらず、1917年11月(ロシア暦10月)、レーニン率いるボリシェヴィキが武装蜂起で臨時政府を倒し、世界初の社会主義政権を樹立した(十一月革命)。

レーニンは「平和に関する布告」で無併合・無賠償・民族自決による即時講和を全交戦国に呼びかけ、「土地に関する布告」で地主の土地を没収した。1918年にはブレスト=リトフスク条約でドイツと単独講和し、大戦から離脱した。

革命の波及を恐れた列国は干渉戦争を起こし、日本もシベリア出兵(1918〜22年)を行った。国内では出兵を見越した米の買い占めから米騒動が起こる、という日本史への連鎖が頻出ポイントである。

ひっかけポイント
スターリンはレーニン死後(1924年以降)に権力を握った後継者であり、革命の指導者ではない。ケレンスキーは倒された側の臨時政府の首班である点にも注意。

選択肢の確認

①「レーニン」
正しい。
レーニンはボリシェヴィキを指導して1917年の十月革命で臨時政府を倒し、人民委員会議を中心とする世界初の社会主義政権を樹立した。

②「スターリン」
誤り。
スターリンは革命後に党内権力を強め、レーニン死後に指導者となった。1917年革命と最初の政権樹立を主導した中心人物ではない。

③「ニコライ2世」
誤り。
ニコライ2世はロシア皇帝で、二月革命により退位した。社会主義政権を樹立した側ではなく旧体制の君主である。

④「ケレンスキー」
誤り。
ケレンスキーは二月革命後の臨時政府を率いたが、十月革命でボリシェヴィキに倒された。社会主義政権の創設者ではない。

覚えるポイント

  • レーニンは1917年十一月革命で社会主義政権樹立
  • 平和に関する布告=無併合・無賠償の即時講和
  • シベリア出兵(1918年)→日本で米騒動の連鎖

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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