WT7-C15|歴史総合・世界史探究 対策問題
1991年のソ連解体の経過について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
保守派クーデタの失敗後、共産党は解散し、年末にソ連は消滅して独立国家共同体(CIS)が発足した
この問題のポイント
ソ連解体の経過を問う問題。1991年8月の保守派クーデタ失敗から12月のソ連消滅・CIS発足までの流れで解ける。
解説
ペレストロイカが進むほど、共産党保守派の危機感と各共和国の独立要求は強まっていった。
1991年8月、改革に反対する保守派がクーデタを起こし、ゴルバチョフを軟禁した。しかしロシア共和国大統領エリツィンが市民とともに抵抗し、クーデタは3日で失敗した。
この事件で共産党の権威は地に落ち、党は解散、バルト三国の独立が承認された。12月、ロシア・ウクライナ・ベラルーシの首脳がソ連の消滅と**独立国家共同体(CIS)**の創設を宣言し、ゴルバチョフは大統領を辞任、ソ連は69年の歴史を閉じた。
なお冷戦終結の宣言はマルタ会談(1989年)であり、ソ連解体(1991年)とは別の出来事である点が最重要の区別である。
ひっかけポイント
「冷戦終結(1989年マルタ会談)」と「ソ連解体(1991年)」を同一視させる選択肢が定番。8月クーデタ失敗→12月ソ連消滅という1991年内の順序も整序で問われる。
選択肢の確認
①「保守派クーデタの失敗後、共産党は解散し、年末にソ連は消滅して独立国家共同体(CIS)が発足した」
✅ 正しい。
1991年8月の保守派クーデタがエリツィンらの抵抗で失敗した後、共産党は解散し、12月にロシア・ウクライナ・ベラルーシの首脳がソ連の消滅と独立国家共同体(CIS)の創設を宣言した。
②「国民投票によって平和裏に計画的に解散した」
❌ 誤り。
実際にはクーデタという突発的な政変を経た急激な過程であり、全連邦規模の国民投票による計画的な解散ではなかった。
③「アメリカとの戦争に敗れて解体した」
❌ 誤り。
米ソは冷戦期を通じて直接戦火を交えておらず、ソ連解体の原因は経済の停滞と各共和国の独立の動きである。
④「解体後もソ連共産党は政権を維持した」
❌ 誤り。
ソ連共産党はクーデタ失敗を機に活動停止・解散に追い込まれており、解体後に政権を維持した事実はない。
覚えるポイント
- 1991年8月保守派クーデタ失敗(エリツィンが抵抗)
- 1991年12月ソ連消滅、CIS発足
- 冷戦終結宣言(1989年マルタ)とは別の出来事
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。