WT7-C14|歴史総合・世界史探究 対策問題
1989年の東欧革命について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
ポーランドの自由選挙を皮切りに各国の共産党政権が相次いで倒れ、ルーマニア以外はおおむね平和的に移行した
この問題のポイント
1989年東欧革命の全体像を問う問題。ポーランドが口火を切り、ルーマニア以外はおおむね平和的に移行した点がポイント。
解説
ゴルバチョフが東欧への軍事介入をしないと明言したことで、東欧の共産党政権は最大の後ろ盾を失った。
1989年、変革はドミノのように連鎖した。
- ポーランド: 自主管理労組「連帯」(ワレサ議長)が自由選挙で圧勝し、非共産系政権が成立
- ハンガリー: 複数政党制へ移行し、対オーストリア国境を開放
- 東ドイツ: 11月9日、ベルリンの壁が崩壊
- チェコスロヴァキア: 無血の「ビロード革命」で政権交代
- ルーマニア: 唯一の流血。独裁者チャウシェスクが処刑された
同年12月のマルタ会談で米ソ首脳は冷戦の終結を宣言した。ポーランドが口火、ルーマニアだけ流血、という対比で覚える。
ひっかけポイント
「すべて内戦」「ソ連が鎮圧」は誤りで、ソ連の不介入こそが革命の条件だった。ルーマニアのみ流血という例外の指摘が選択肢の判別点になる。
選択肢の確認
①「革命は1970年代に起こった」
❌ 誤り。
東欧革命が起こったのは1989年で、その先駆となるポーランドの自主管理労組の結成(1980年)すら1970年代にはまだ起きていない。
②「ポーランドの自由選挙を皮切りに各国の共産党政権が相次いで倒れ、ルーマニア以外はおおむね平和的に移行した」
✅ 正しい。
1989年、ポーランドで自由選挙により連帯が圧勝したのを皮切りに、ハンガリー・東ドイツ・チェコスロヴァキアと共産党政権が連鎖的に倒れ、流血を伴ったのはチャウシェスクが処刑されたルーマニアだけだった。
③「すべての国で激しい内戦となった」
❌ 誤り。
チェコスロヴァキアのビロード革命に象徴されるように多くは平和的な移行であり、内戦が広がったのは1990年代のユーゴスラヴィア解体のときである。
④「ソ連軍の介入で革命はすべて鎮圧された」
❌ 誤り。
ゴルバチョフが東欧への軍事介入を否定したことが革命を可能にしたのであり、ソ連軍が介入して鎮圧したのはハンガリー事件(1956年)やチェコ事件(1968年)である。
覚えるポイント
- 東欧革命は1989年、ポーランドの連帯が口火
- ベルリンの壁崩壊は1989年11月
- ルーマニアのみ流血(チャウシェスク処刑)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。