RS-B4-02|歴史総合・世界史探究 対策問題
明治期の産業革命がもたらした労働問題への対応として最も適切なものはどれか。
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正解: 2
正解
工場法が1911年に公布され、年少者の就業制限などを定めたが、施行は遅れ例外も多かった
この問題のポイント
明治期の労働問題への対応を問う問題。1911年公布の工場法が、施行の遅れや適用除外など不徹底なものだった、という限界込みの理解で解ける。
解説
日本の産業革命を支えた紡績・製糸業の労働者は、大半が農村からの出稼ぎの若い女性だった。1日12時間を超える長時間労働や深夜業、劣悪な寄宿舎生活の実態は、農商務省の調査『職工事情』(1903年)や、のちの『女工哀史』『あゝ野麦峠』に記録されている。
労働者保護の必要は認識されていたが、産業界の反対で立法は遅れた。工場法が公布されたのは1911年。12歳未満の就業禁止、女性・年少者の労働時間制限(12時間)などを定めた日本初の労働者保護法である。
しかし施行は1916年まで延ばされ、適用は15人以上の工場に限られ、製糸業の例外を認めるなど、内容は不徹底だった。
「経済発展の陰の労働問題」は、イギリスの工場法(19世紀前半)とも比較される歴史総合の定番テーマである。
ひっかけポイント
公布1911年と施行1916年のずれ、適用除外の存在という「限界」までが問われる。紡績・製糸の労働者の大半は成人男性ではなく女性という基本も落とさない。
選択肢の確認
①「紡績業・製糸業の労働者の大半は成人男性だった」
❌ 誤り。
紡績・製糸業の主要な労働力は若い女性で、寄宿舎生活と長時間・低賃金労働が『職工事情』などに記録された。成人男性が大半という説明は産業構成と合わない。
②「工場法が1911年に公布され、年少者の就業制限などを定めたが、施行は遅れ例外も多かった」
✅ 正しい。
工場法は1911年公布・1916年施行で、年少者・女性の深夜業や就業時間を一定程度制限した。ただし小工場の適用除外などがあり、保護は限定的だった。
③「労働組合の結成が奨励され、労働争議は起こらなかった」
❌ 誤り。
政府は1900年の治安警察法などで労働運動を規制し、労働争議も発生した。労働組合を一貫して奨励したため争議がなかったという説明は逆である。
④「労働時間の制限は明治初年からすべての工場で実施されていた」
❌ 誤り。
明治初年から全工場に統一的な労働時間規制があったわけではなく、長時間労働が問題化した。工場法の施行も1916年まで遅れた。
覚えるポイント
- 工場法は1911年公布・1916年施行
- 小工場の適用除外など不徹底
- 紡績・製糸業の主力は出稼ぎの女性労働者
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。