WT7-D01歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究E 地球世界の課題(2) 経済のグローバル化と格差の是正

1947年のインド独立について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 1

正解

ヒンドゥー教徒中心のインドとムスリム中心のパキスタンに分離して独立した

この問題のポイント

インド独立の形を問う問題。ヒンドゥー中心のインドとムスリム中心のパキスタンへの分離独立、という構図で解ける。

解説

第二次世界大戦で疲弊したイギリスは、もはやインドの独立要求を抑えられなくなっていた。
問題は独立の形だった。国民会議派は統一インドを主張したが、ジンナー率いるムスリム連盟はムスリム国家の分離を要求し、宗教対立は激化した。
1947年、インドはヒンドゥー教徒中心のインドムスリム中心のパキスタン分離独立した。分離に伴い、両教徒あわせて1000万人以上が国境を越えて移動し、各地の衝突で数十万人が犠牲になった。
統一を訴え続けたガンディー自身も、1948年に急進派ヒンドゥー教徒に暗殺された。藩王国カシミールの帰属問題は印パ戦争を引き起こし、両国が核を持つ今日まで対立の火種であり続けている。

ひっかけポイント
「統一インドとして独立」「無血で達成」は史実と逆。カシミール問題→印パ戦争→両国の核保有という現代への系譜が世界史探究らしい問われ方。

選択肢の確認

①「ヒンドゥー教徒中心のインドとムスリム中心のパキスタンに分離して独立した」
正しい。
1947年、イギリス領インドは国民会議派を基盤とするインドと、ジンナー率いるムスリム連盟のパキスタンに分離して独立した。

②「統一インドとして独立した」
誤り。
ガンディーは統一インドとしての独立を訴えたが実現せず、宗教を基準とする分離独立となった。

③「独立は無血で達成され宗教対立は起こらなかった」
誤り。
分離に伴う住民の大移動で数十万人が犠牲となり、ガンディー自身も1948年に暗殺されており、無血ではなかった。

④「イギリス国王がインド皇帝を兼ね続けた」
誤り。
イギリス国王のインド皇帝の称号はインド帝国の消滅とともに失われ、のちインドは共和国となった。

覚えるポイント

  • 印パ分離独立は1947年、パキスタンはジンナー
  • 分離の大移動で数十万人が犠牲
  • ガンディー暗殺は1948年、カシミール問題が残る

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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