WT7-D22|歴史総合・世界史探究 対策問題
アルジェリアの独立について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
8年に及ぶ独立戦争の末、1962年にフランスから独立した
この問題のポイント
アルジェリア独立を問う問題。8年の独立戦争を経て1962年にフランスから独立した点と、仏本国への政治的影響で解ける。
解説
アルジェリアは単なる植民地ではなく、100万人を超えるフランス人入植者(コロン)が住む、フランスにとって特別な土地だった。
1954年、民族解放戦線(FLN)が武装蜂起すると、フランスは最大数十万の大軍を投入して弾圧し、アルジェリア戦争(1954〜62年)は拷問やテロの応酬を伴う泥沼の戦いとなった。
この危機はフランスの政治体制そのものを揺るがし、1958年に第四共和政が崩壊、ド・ゴールが復帰して大統領権限の強い第五共和政が成立した。
ド・ゴールは世論の変化を踏まえて独立容認へ転じ、1962年のエヴィアン協定でアルジェリアは独立した。植民地戦争が宗主国の政体まで変えた、という跳ね返りが世界史探究らしい論点である。
ひっかけポイント
宗主国はイギリスではなくフランス。「住民投票だけで平和的に」ではなく8年の戦争を経ている。第四共和政崩壊→ド・ゴールの第五共和政、という仏本国への影響が問われどころ。
選択肢の確認
①「独立は19世紀に達成された」
❌ 誤り。
フランスによるアルジェリア征服が19世紀の出来事で、独立の達成は1962年である。
②「8年に及ぶ独立戦争の末、1962年にフランスから独立した」
✅ 正しい。
100万人を超えるフランス人入植者を抱えるアルジェリアでは、民族解放戦線による独立戦争が1954年から8年続き、1962年のエヴィアン協定でフランスから独立した。
③「住民投票だけで平和的に独立した」
❌ 誤り。
8年に及ぶ戦争で双方に多大な犠牲が出ており、住民投票だけの平和的な独立ではない。
④「イギリスからの独立である」
❌ 誤り。
アルジェリアの宗主国はフランスであり、イギリスではない。
覚えるポイント
- アルジェリア戦争は1954〜62年、FLNが主導
- 危機で仏第四共和政が倒れド・ゴール復帰(1958年)
- 1962年エヴィアン協定で独立
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。