WT7-D03|歴史総合・世界史探究 対策問題
ベトナムの独立と分断について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
ホー・チ・ミンが独立を宣言し、インドシナ戦争の後ジュネーヴ協定で北緯17度線を境に南北に分かれた
この問題のポイント
ベトナムの独立と分断を問う問題。ホー・チ・ミンの独立宣言→インドシナ戦争→ジュネーヴ協定で北緯17度線、の流れで解ける。
解説
日本の降伏直後の1945年9月、ホー・チ・ミンはハノイでベトナム民主共和国の独立を宣言した。
しかし旧宗主国フランスが武力で復帰を図り、インドシナ戦争(1946〜54年)となった。1954年、フランス軍はディエンビエンフーの戦いで決定的な敗北を喫した。
同年のジュネーヴ休戦協定は、北緯17度線を暫定的な軍事境界線とし、2年後の南北統一選挙を約束した。
しかし共産主義の拡大を恐れるアメリカは協定の調印を拒み、南にゴ・ディン・ジエムの反共政権を支援した。統一選挙は実施されず、分断は固定化し、やがてベトナム戦争へと突入する。対仏(インドシナ戦争)と対米(ベトナム戦争)の2段階の区別が基本である。
ひっかけポイント
「17度線(ベトナム)と38度線(朝鮮)」の取り違えが最頻出の引っかけ。フランスは「戦わずに撤退」ではなく、ディエンビエンフーで大敗して撤退した。
選択肢の確認
①「ベトナムは1945年に統一国家として国際承認された」
❌ 誤り。
1945年の独立宣言は国際的に承認されず、フランスとの戦争を経て南北に分断された。
②「分断線は北緯38度線だった」
❌ 誤り。
北緯38度線は朝鮮半島の分断線であり、ベトナムの暫定境界は北緯17度線である。
③「ホー・チ・ミンが独立を宣言し、インドシナ戦争の後ジュネーヴ協定で北緯17度線を境に南北に分かれた」
✅ 正しい。
1945年9月にホー・チ・ミンがベトナム民主共和国の独立を宣言し、インドシナ戦争でフランスがディエンビエンフーに大敗した後、1954年のジュネーヴ休戦協定で北緯17度線が暫定境界とされた。
④「フランスは戦わずに撤退した」
❌ 誤り。
フランスは武力で植民地支配の復帰を図り、1946年から8年に及ぶインドシナ戦争を戦った。
覚えるポイント
- ホー・チ・ミンの独立宣言は1945年9月
- ディエンビエンフーの戦いとジュネーヴ協定は1954年
- 境界は北緯17度線(朝鮮は38度線)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。