WT7-D21|歴史総合・世界史探究 対策問題
1980年の光州事件など、韓国の民主化について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
軍政下の民主化運動が弾圧を経て実を結び、1987年に大統領直接選挙制が実現した
この問題のポイント
韓国の民主化を問う問題。光州事件の弾圧を経て、1987年に大統領直接選挙制が実現した流れで解ける。
解説
韓国では、朴正煕大統領による開発独裁が長く続き、「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長を遂げる一方、政治的自由は抑圧されていた。
1979年に朴正煕が暗殺されると、民主化への期待が高まったが、全斗煥ら新軍部が実権を握った。1980年5月、民主化を求める光州市民の蜂起は軍によって武力鎮圧され、多数の犠牲者を出した(光州事件)。
しかし民主化運動は途絶えなかった。1987年6月、全国的なデモ(六月民主抗争)に押された政権側は民主化宣言を発表し、大統領直接選挙制が実現した。
経済成長が生んだ中間層が民主化を担う、という開発独裁からの移行モデルとして、台湾・フィリピンの民主化と並べて問われる。翌1988年のソウル・オリンピックも時期の基準点になる。
ひっかけポイント
光州事件(1980年・弾圧)と民主化実現(1987年)の間に7年の隔たりがある点に注意。「建国以来ずっと民主主義」「軍政が21世紀まで継続」はいずれも誤り。
選択肢の確認
①「民主化運動は起こらなかった」
❌ 誤り。
四月革命(1960年)や光州事件、六月民主抗争など、民主化運動は繰り返し起こっている。
②「軍事政権は21世紀まで続いた」
❌ 誤り。
軍出身者による統治は1987年の民主化宣言を経て終わりへ向かっており、21世紀まで続いてはいない。
③「軍政下の民主化運動が弾圧を経て実を結び、1987年に大統領直接選挙制が実現した」
✅ 正しい。
全斗煥政権が1980年に光州の市民の蜂起を武力で鎮圧した後も民主化運動は続き、1987年の六月民主抗争によって大統領直接選挙制が実現した。
④「韓国は建国以来一貫して完全な民主主義国だった」
❌ 誤り。
李承晩政権期の不正選挙や朴正煕・全斗煥の軍政など強権的な体制が長く続いており、一貫した民主主義国ではなかった。
覚えるポイント
- 光州事件は1980年、全斗煥政権が武力鎮圧
- 六月民主抗争(1987年)で大統領直接選挙制が実現
- 経済成長→中間層→民主化の移行モデル
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。