WT7-D07歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究E 地球世界の課題(2) 経済のグローバル化と格差の是正

1955年のアジア・アフリカ会議(バンドン会議)の意義として最も適切なものはどれか。

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正解: 3

正解

植民地支配を経験した29カ国が初めて自ら集まり、平和十原則を採択した

この問題のポイント

バンドン会議の意義を問う問題。植民地支配を経験した29カ国が自ら集まり平和十原則を採択した、という主体性が核心。

解説

1955年、インドネシアのバンドンで、史上初めてアジア・アフリカの29カ国だけによる国際会議(アジア・アフリカ会議)が開かれた。
インドのネルー、中国の周恩来、エジプトのナセル、開催国のスカルノら、新興独立国の指導者が一堂に会し、反植民地主義・平和共存をうたう平和十原則を採択した。
前年1954年のネルー・周恩来会談による平和五原則が、その土台となっている。
欧米列強抜きに、かつての植民地諸国が自ら国際政治の主体として登場したことが最大の画期である。この流れは1961年、ベオグラードでの非同盟諸国首脳会議へ発展し、米ソ両陣営に属さない「第三世界」が国際政治の第三極となった。

ひっかけポイント
主催は米ソではなくアジア・アフリカ諸国自身、という主体の取り違えに注意。「平和五原則(1954年)→十原則(1955年)→非同盟会議(1961年)」の系譜は整序の超定番。

選択肢の確認

①「ヨーロッパ諸国の植民地拡大を承認した」
誤り。
会議は植民地主義への反対を明確に掲げており、植民地拡大の承認とは正反対である。

②「軍事同盟の結成を目的とした」
誤り。
米ソどちらの軍事ブロックにも属さない立場を打ち出した会議であり、軍事同盟の結成が目的ではない。

③「植民地支配を経験した29カ国が初めて自ら集まり、平和十原則を採択した」
正しい。
インドネシアのバンドンに、ネルー・周恩来・ナセル・スカルノら植民地支配を経験した29カ国の代表が集まり、反植民地主義と平和共存をうたう平和十原則を採択した。

④「米ソ両超大国が主催した会議である」
誤り。
会議は欧米の超大国抜きでアジア・アフリカ諸国が自ら開いたものであり、米ソの主催ではない。

覚えるポイント

  • バンドン会議は1955年、29カ国参加
  • 平和十原則を採択(前提は平和五原則1954年)
  • 1961年ベオグラードの非同盟諸国首脳会議へ発展

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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