WT8-A18|歴史総合・世界史探究 対策問題
モンゴル帝国の分裂後、中国を支配した元朝について述べた文として正しいものはどれか。
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正解: 3
正解
フビライが国号を元と定め、大都を都として南宋を滅ぼした
この問題のポイント
元朝の建国と中国統一を問う。フビライ・国号元・大都・南宋滅亡の基本セットと、モンゴル支配の特色で解ける。
解説
前提として、チンギス・ハンが建てたモンゴル帝国は、その死後いくつかのハン国に分かれつつ、東アジアの経営は孫のフビライに引き継がれた。
フビライは1271年に国号を中国風の元と定め、大都(現在の北京)を都とした。そして1279年、崖山の戦いで南宋を滅ぼし、中国全土を支配した。
元は交鈔と呼ばれる紙幣を流通させ、駅伝制(ジャムチ)と大運河・海運を整備したため、東西交易は空前の活況を呈した。マルコ・ポーロが仕えたと伝わるのもフビライの宮廷である。
統治ではモンゴル人と色目人(中央・西アジア出身者)を財務などで重用し、科挙は一時停止された。漢人官僚優遇とは言えない。日本への2度の遠征(元寇・1274年と1281年)は失敗した。
ひっかけポイント
科挙重視・漢人優遇という選択肢はモンゴル支配の実態と逆。海上交易もむしろ活発だった。元寇の年号(1274年・1281年)は日本史との接続で頻出。
選択肢の確認
①「海上交易を全面的に禁止した」
❌ 誤り。
元では大運河や海運が整備され、泉州などを窓口とする海上交易は活況を呈した。
②「紙幣を発行しなかった」
❌ 誤り。
元は交鈔と呼ばれる紙幣を発行して流通させた。
③「フビライが国号を元と定め、大都を都として南宋を滅ぼした」
✅ 正しい。
チンギスの孫フビライは国号を元と定め、大都すなわち現在の北京を都として、1279年に南宋を滅ぼし中国全土を支配した。
④「科挙を最重視して漢人官僚を優遇した」
❌ 誤り。
元では科挙が一時停止され、モンゴル人や色目人が重用されて漢人はむしろ冷遇された。
覚えるポイント
- フビライが国号を元(1271年)、都は大都
- 1279年南宋を滅ぼし中国統一
- 紙幣(交鈔)と駅伝制、元寇は1274年・1281年
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。