WT-C2-03|歴史総合・世界史探究 対策問題
13世紀のモンゴル帝国がユーラシアの交流に果たした役割として最も適切なものはどれか。
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正解: 4
正解
東西を結ぶ陸海の交易路が帝国のもとで安全になり、人・モノ・情報の移動が活発になった
この問題のポイント
モンゴル帝国が東西交流に果たした役割を問う問題。「破壊」ではなく「交流の促進」という現行教科書の視点で解ける。
解説
13世紀初め、チンギス・ハンがモンゴル高原の遊牧民を統一し、モンゴル帝国が成立した。子孫たちは征服を続け、東は中国から西はロシア・イランまで、ユーラシアの大部分を覆う史上最大級の帝国を築いた。
帝国は**駅伝制(ジャムチ)**を整備し、街道に一定間隔で駅を置いて馬と食料を提供させた。通行証を持つ商人や使節は帝国内を安全に移動でき、東西を結ぶ陸と海の交易路がひとつの秩序のもとに置かれた。この状態は「モンゴルの平和(パクス・モンゴリカ)」と呼ばれる。
この時代、ヴェネツィアのマルコ・ポーロやモロッコのイブン・バットゥータのような旅行者が大陸を横断し、絹・陶磁器のほか火薬・羅針盤・印刷術などの技術が西方へ伝わった。
一方で14世紀には、この交易網に沿って**ペスト(黒死病)**がヨーロッパへ広がった。交流の活発化は恩恵と災厄の両方をもたらしたのである。
ひっかけポイント
モンゴル=破壊者という一面的なイメージの選択肢に注意。現行の教科書は「交易路の安全保障による交流促進」の面を重視し、ペストの拡大という負の側面も同じ交易網で説明する。
選択肢の確認
①「すべての交易路を封鎖し、東西交流を断絶させた」
❌ 誤り。
モンゴル帝国は交易路を保護した側であり、すべてを封鎖して東西交流を断絶させたという説明は正反対である。
②「ヨーロッパ全土を征服して単一の言語を強制した」
❌ 誤り。
モンゴル軍は東欧まで進出したがヨーロッパ全土を征服してはおらず、単一言語の強制も行っていない。
③「海上交易のみを認め、陸上交易を全面禁止した」
❌ 誤り。
モンゴル帝国は陸上の駅伝路も海上交易も重視しており、陸上交易を全面禁止した事実はない。
④「東西を結ぶ陸海の交易路が帝国のもとで安全になり、人・モノ・情報の移動が活発になった」
✅ 正しい。
モンゴル帝国はユーラシアの大部分を統合し、駅伝制の整備などで交易路の安全を保障したため、旅行者や物資・情報の移動が活発になった。
覚えるポイント
- モンゴル帝国は駅伝制(ジャムチ)で交易路の安全を保障
- モンゴルの平和のもとマルコ・ポーロらが往来
- 14世紀のペスト流行も同じ交易網で拡大(両面性)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。