WT-C3-01|歴史総合・世界史探究 対策問題
1453年にコンスタンティノープルを征服してビザンツ帝国を滅ぼした国はどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
オスマン帝国
この問題のポイント
1453年のコンスタンティノープル陥落を問う問題。「オスマン帝国のメフメト2世がビザンツ帝国を滅ぼした」という基準知識で解ける。
解説
**ビザンツ帝国(東ローマ帝国)**は、395年のローマ帝国分裂以来、コンスタンティノープルを都として1000年以上続いた帝国である。しかし十字軍やオスマン帝国の圧迫で、15世紀には都周辺だけの小国になっていた。
13世紀末にアナトリアで興ったオスマン帝国は、バルカン半島へ勢力を広げた。スルタンのメフメト2世は1453年、大砲を用いた包囲戦の末にコンスタンティノープルを陥落させ、ビザンツ帝国を滅ぼした。
この都はイスタンブルと呼ばれてオスマン帝国の都となり、帝国は16世紀のスレイマン1世の時代に、ウィーンを包囲するなど地中海世界の強国として最盛期を迎えた。
なお、ビザンツの学者がイタリアへ亡命したことは、ギリシア古典研究を刺激しルネサンスの追い風になったとされる。1453年は百年戦争の終結とも同年で、時代の転換点を示す基準年号である。
ひっかけポイント
同じイスラーム系の帝国でも、ムガル帝国はインド、サファヴィー朝はイランの国家で地域が異なる。1453年=百年戦争終結と同年という対応も整序問題で狙われる。
選択肢の確認
①「オスマン帝国」
✅ 正しい。
オスマン帝国のメフメト2世が1453年にコンスタンティノープルを陥落させ、千年余り続いたビザンツ帝国を滅ぼした。
②「ムガル帝国」
❌ 誤り。
ムガル帝国は1526年にバーブルがインドに建てた王朝で、地域も年代も異なる。
③「サファヴィー朝」
❌ 誤り。
サファヴィー朝は1501年にイランに成立した王朝で、オスマン帝国と対立した側である。
④「神聖ローマ帝国」
❌ 誤り。
神聖ローマ帝国はドイツを中心とする帝国で、コンスタンティノープルを攻略してはいない。
覚えるポイント
- 1453年メフメト2世がコンスタンティノープルを征服
- ビザンツ帝国(東ローマ)は約1000年で滅亡
- 最盛期はスレイマン1世(16世紀)、都はイスタンブル
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。