WT8-A23|歴史総合・世界史探究 対策問題
オスマン帝国のスレイマン1世の事績として正しいものはどれか。
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正解: 3
正解
ウィーンを包囲し、地中海の制海権を握って帝国の最盛期を築いた
この問題のポイント
スレイマン1世の事績を問う。ウィーン包囲・プレヴェザの海戦による最盛期という業績を、メフメト2世と区別できるかが鍵。
解説
前提として、オスマン帝国は1453年、メフメト2世がコンスタンティノープルを征服してビザンツ帝国を滅ぼし、大帝国へと発展していた。
その最盛期を築いたのがスレイマン1世(在位1520〜66年)である。
- ハンガリーを征服し、1529年に第1次ウィーン包囲を敢行してヨーロッパを震撼させた
- プレヴェザの海戦(1538年)でスペイン・ヴェネツィア連合艦隊を破り、地中海の制海権を掌握
- フランスと同盟してハプスブルク家を挟撃する国際外交を展開
国内では法典を整備し「立法者」と称された。ウィーン包囲の恐怖は、宗教改革期のヨーロッパの国際関係にも影響を与えた。トルコ共和国への改組は1923年のケマルの事績であり、400年後の話である。
ひっかけポイント
メフメト2世=1453年コンスタンティノープル征服、スレイマン1世=最盛期・ウィーン包囲という事績の入れ替えが最頻出。
選択肢の確認
①「帝国をトルコ共和国に改組した」
❌ 誤り。
帝国を廃してトルコ共和国を樹立したのは、1923年のムスタファ・ケマルである。
②「十字軍を派遣した」
❌ 誤り。
十字軍を派遣したのは西ヨーロッパのキリスト教世界であり、オスマン帝国はむしろ対抗した側である。
③「ウィーンを包囲し、地中海の制海権を握って帝国の最盛期を築いた」
✅ 正しい。
スレイマン1世はハンガリーを征服して1529年に第1次ウィーン包囲を行い、プレヴェザの海戦で地中海の制海権を握って帝国の最盛期を築いた。
④「コンスタンティノープルを征服した」
❌ 誤り。
コンスタンティノープルを征服してビザンツ帝国を滅ぼしたのは、1453年のメフメト2世である。
覚えるポイント
- スレイマン1世は在位1520〜66年、帝国最盛期
- 1529年第1次ウィーン包囲、1538年プレヴェザの海戦
- コンスタンティノープル征服はメフメト2世(1453年)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。