WT8-B04|歴史総合・世界史探究 対策問題
明代後期の16世紀、中国に大量に流入した銀の主な供給地はどこか。
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正解: 3
正解
日本とスペイン領アメリカ
この問題のポイント
16世紀に中国へ流入した銀の供給地を問う。日本銀とスペイン領アメリカ銀という2大産地と、税制の銀納化への影響が核心。
解説
前提として、16世紀の明では商業が発達し、取引や納税の手段として銀の需要が急増していた。
そこへ流れ込んだのが2つの銀である。
- 日本銀:石見銀山などで産出され、密貿易やポルトガル商人経由で中国へ
- スペイン領アメリカの銀:ボリビアのポトシ銀山などで産出され、太平洋を渡るガレオン船でマニラへ運ばれ、中国産品と交換された
世界中の銀が中国に吸い込まれる構図から、中国は「銀の終着駅」とも呼ばれる。
銀の普及を受けて、明は各種の税と労役を銀でまとめて納めさせる一条鞭法を実施し、清代の地丁銀制へと続く銀本位の財政が成立した。世界経済と中国の税制がつながった事例として、グラフ・地図問題で頻出する。
ひっかけポイント
銀の流れの向き(アメリカ・日本から中国へ)を逆にしない。マニラ経由のガレオン貿易=スペイン、という担い手の対応も問われる。
選択肢の確認
①「ロシアとインド」
❌ 誤り。
ロシアはシベリア進出の途上、インドは綿織物の輸出地であり、いずれも中国へ流入した銀の主な供給地ではない。
②「オスマン帝国とエジプト」
❌ 誤り。
オスマン帝国やエジプトは東西交易の中継地であって、大量の銀の産出地ではない。
③「日本とスペイン領アメリカ」
✅ 正しい。
16世紀には石見銀山などの日本銀と、マニラを経由して運ばれたスペイン領アメリカのポトシ銀山の銀が、中国へ大量に流入した。
④「イギリスとフランス」
❌ 誤り。
イギリスとフランスがアジア交易で存在感をもつのは17世紀以降であり、16世紀の銀の主な供給地ではない。
覚えるポイント
- 銀の2大供給地=日本(石見銀山)とスペイン領アメリカ(ポトシ)
- マニラ経由のガレオン貿易で銀が中国へ
- 銀流入→一条鞭法(明)→地丁銀制(清)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。