RN7-065公共・倫理 対策問題

倫理C 日本の思想(4) 近現代日本の思想

西田幾多郎が『善の研究』で説いた純粋経験の説明として最も適切なものはどれか。

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正解: 2

正解

主観と客観が分かれる以前の、思慮分別を加えない直接の経験こそが真の実在であるとする考え方である

この問題のポイント

純粋経験=主客未分の直接経験という規定を、主客二元論を前提とする西洋近代哲学と対比して問う問題。

解説

西田幾多郎(1870〜1945年)は、日本で最初の独創的な哲学体系を打ち立てた哲学者で、1911年の**『善の研究』はその出発点である。
西洋近代の哲学は、認識する
主観と認識される客観とを分け、その関係から出発するのが普通だった。西田はこれに対し、参禅の体験も踏まえて、主観と客観が分かれる以前の主客未分の直接経験を根本に据えた。音楽に聞き入っているとき、そこには聞く自分と聞かれる音楽の区別はなく、ただ一つの経験があるのみである。こうした思慮分別を加える前の経験を純粋経験と呼び、これこそが唯一の実在**であって、主観や客観はそこから後で分化したものにすぎないとした。
そして善とは、この純粋経験において発揮される人格の実現であるとし、知と情と意が一体となった人格の完成を倫理の目標に置いた。

ひっかけポイント
「まず主観と客観があって後に経験が成立する」は西田が批判した近代哲学の図式で、順序が逆。間柄的存在は和辻哲郎の概念であり、人物の混同にも注意。

選択肢の確認

①「人間は間柄的存在であり、倫理は人と人との間に成立するとする考え方である」
誤り。
誤答理由: 間柄的存在は和辻哲郎の倫理学の概念であり、西田の純粋経験の説明ではない。

②「主観と客観が分かれる以前の、思慮分別を加えない直接の経験こそが真の実在であるとする考え方である」
正しい。
正解。純粋経験は主観と客観が分かれる以前の直接経験であり、西田はこれこそ真の実在だとして『善の研究』の根本に据えた。

③「まず主観と客観が独立に存在し、その後に両者が結びついて経験が成立するとする考え方である」
誤り。
誤答理由: 主観と客観の独立を前提に経験を説明するのは西田が批判した近代哲学の図式であり、純粋経験の考え方と順序が逆である。

④「実験室での科学的な観測データのみを真の経験と認める考え方である」
誤り。
誤答理由: 純粋経験は科学的観測データに限られるものではなく、音楽に聞き入るときのような主客未分の直接経験を指す。

覚えるポイント

  • 西田幾多郎=『善の研究』(1911年)
  • 純粋経験=主客未分の直接経験が真の実在
  • 善は人格の実現(知情意の統一)

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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