RN9-051|公共・倫理 対策問題
近代日本の哲学者、西田幾多郎と和辻哲郎の立場の比較として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
西田は主客未分の純粋経験を真の実在としたのに対し、和辻は人間を人と人との間柄において存在する間柄的存在ととらえた
この問題のポイント
近代日本を代表する二人の哲学者の対比。純粋経験(西田)と間柄的存在(和辻)というキーワードの対応が問われる。
解説
西田幾多郎は『善の研究』で、主観と客観が分かれる以前の直接的な経験である純粋経験を真の実在とし、西洋近代の主客二元論を乗り越える独自の哲学を打ち立てた。その思索は禅の体験に支えられ、後に絶対無の場所の論理へと展開した。
一方和辻哲郎は『人間の学としての倫理学』で、人間という言葉が「人」と「人の間」を意味することに注目した。人間は孤立した個人でも社会全体でもなく、人と人との間柄において存在する間柄的存在であり、倫理とは個人と社会の相互作用の中に成り立つとして、個人主義的な西洋倫理学を批判した。
また和辻は『風土』で、モンスーン・砂漠・牧場という風土の類型と人間のあり方の関係を論じたことでも知られる。
ひっかけポイント
純粋経験と間柄的存在の担い手の入れ替えが定番。『善の研究』の西田、倫理学と『風土』の和辻という著作との対応で覚える。
選択肢の確認
①「西田は主客未分の純粋経験を真の実在としたのに対し、和辻は人間を人と人との間柄において存在する間柄的存在ととらえた」
✅ 正しい。
正解。西田幾多郎は『善の研究』で主客未分の純粋経験を真の実在とし、和辻哲郎は人間を人と人との間柄において存在する間柄的存在ととらえる倫理学を築いた。
②「西田は人間を間柄的存在と定義したのに対し、和辻は純粋経験の哲学を打ち立てた」
❌ 誤り。
誤答理由: 二人の中心概念が入れ替わっている。純粋経験は西田、間柄的存在は和辻の概念である。
③「両者はともに、西洋哲学の受け売りに終始し、独自の思想を残さなかった」
❌ 誤り。
誤答理由: 両者はともに西洋哲学と対決しながら独創的な思想を打ち立てた哲学者であり、受け売りに終始したという説明は誤りである。
④「両者はともに、個人の内面の経験を否定し、国家への奉仕だけを説いた」
❌ 誤り。
誤答理由: 西田は個の経験の考察から、和辻は個人と社会の相互性から出発しており、個人の内面の否定や国家奉仕のみを説いたという説明は当てはまらない。
覚えるポイント
- 西田は純粋経験・絶対無、主著『善の研究』
- 和辻は間柄的存在の倫理学と『風土』
- ともに西洋哲学と対決した独創的思想家
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。