RN9-034|公共・倫理 対策問題
人間の観念(知識のもと)についての大陸合理論とイギリス経験論の立場の比較として最も適切なものはどれか。
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正解: 4
正解
合理論のデカルトは生まれつき備わる生得観念を認めたのに対し、経験論のロックは心を白紙とみなし、観念はすべて経験に由来するとした
この問題のポイント
生得観念をめぐる合理論と経験論の対立。デカルトの生得観念とロックのタブラ・ラサ(白紙)の対比が問われる。
解説
知識のもとになる観念がどこから来るのかをめぐって、合理論と経験論は真っ向から対立した。
大陸合理論のデカルトは、神の観念や数学的真理のような明晰判明な観念は、経験によらず人間の理性に生まれつき備わっているとした。これを生得観念という。確実な知識の根拠を理性そのものに置く合理論らしい主張である。
これに対しイギリス経験論のロックは、生得観念の存在を否定した。人間の心は生まれたときには何も書かれていない白紙(タブラ・ラサ)であり、すべての観念は感覚と内省という経験を通じて後から書き込まれるとしたのである。
この対立は、知識の源泉を理性に求めるか経験に求めるかという両学派の根本的な違いを最もよく示している。
ひっかけポイント
生得観念と白紙説の担い手の入れ替えが定番。合理論=生得観念を認める、経験論=タブラ・ラサで否定、と対応させる。
選択肢の確認
①「合理論のデカルトは心を白紙とみなしたのに対し、経験論のロックは生得観念の存在を主張した」
❌ 誤り。
誤答理由: 生得観念と白紙説の担い手が逆である。合理論のデカルトが生得観念を認め、経験論のロックがそれを否定した。
②「両者はともに、人間はいかなる観念も持つことができないと主張した」
❌ 誤り。
誤答理由: 両者はいかなる観念も持てないと主張したのではなく、観念の由来(理性か経験か)をめぐって対立した。
③「両者はともに、観念はすべて神から直接与えられるものであり、経験も理性も関与しないとした」
❌ 誤り。
誤答理由: 観念のすべてを神からの直接の授与とする説明はどちらの立場でもなく、理性と経験という源泉をめぐる両者の対立を無視している。
④「合理論のデカルトは生まれつき備わる生得観念を認めたのに対し、経験論のロックは心を白紙とみなし、観念はすべて経験に由来するとした」
✅ 正しい。
正解。デカルトは神の観念などが理性に生まれつき備わるとする生得観念を認め、ロックは心を白紙(タブラ・ラサ)とみなして、すべての観念は経験に由来するとした。
覚えるポイント
- デカルトは生得観念を認めた(合理論)
- ロックはタブラ・ラサで生得観念を否定(経験論)
- 知識の源泉が理性か経験かという対立の核心
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。