JH-A1-01歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究A 原始・古代の日本と東アジア(1) 黎明期の日本列島と歴史的環境

縄文時代と弥生時代の違いを述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

弥生時代には水稲農耕が広まり、貧富や身分の差、集落間の争いが生じた

背景・因果

水稲農耕の定着は余剰生産を生み、階層差と地域的な政治権力を生んだ。環濠集落や高地性集落、副葬品の格差はその表れ。縄文時代も竪穴住居による定住的集落を営んでいた点に注意。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「弥生時代には水稲農耕が広まり、貧富や身分の差、集落間の争いが生じた」。弥生時代には水稲農耕と金属器が広まり、余剰生産や土地・水をめぐって階層差と争いが生じた。環濠集落や副葬品の差が識別点になる。

  • 混同防止「縄文時代にはすでに前方後円墳が各地に築かれた」:前方後円墳が各地に築かれるのは古墳時代で、3世紀中頃以降である。縄文時代を特徴付ける墓制ではない。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「弥生時代には金属器がまったく用いられなかった」
弥生時代には青銅器と鉄器が大陸から伝わり、祭器や武器・農工具に用いられた。金属器が全く使われなかった時代ではない。

② ❌ 誤答「縄文時代にはすでに前方後円墳が各地に築かれた」
前方後円墳が各地に築かれるのは古墳時代で、3世紀中頃以降である。縄文時代を特徴付ける墓制ではない。

③ ✅ 正解「弥生時代には水稲農耕が広まり、貧富や身分の差、集落間の争いが生じた」
弥生時代には水稲農耕と金属器が広まり、余剰生産や土地・水をめぐって階層差と争いが生じた。環濠集落や副葬品の差が識別点になる。

④ ❌ 誤答「縄文時代の人々は移動生活のみで、定住的な集落は営まなかった」
縄文人は竪穴住居を中心とする定住的集落を営み、三内丸山遺跡のような大規模集落も残した。移動生活だけだったという説明は誤りである。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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