JT2-A04歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究A 原始・古代の日本と東アジア(1) 黎明期の日本列島と歴史的環境

水稲農耕の開始を示す縄文時代晩期〜弥生時代早期の遺跡として正しい組合せはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

板付遺跡(福岡県)と菜畑遺跡(佐賀県)

背景・因果

板付遺跡菜畑遺跡では縄文晩期にさかのぼる水田跡が発見され、稲作が九州北部から始まったことを示す。稲作は朝鮮半島経由で伝わったと考えられている。

覚えるポイント

登呂遺跡(静岡)は弥生後期の水田跡。「稲作の開始地点」と「稲作の広がった先」の遺跡を区別する。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「三内丸山遺跡と吉野ヶ里遺跡」
三内丸山遺跡は縄文時代の大規模集落、吉野ヶ里遺跡は弥生時代の環濠集落である。時代の比較には使えるが、水稲農耕開始期の水田跡二遺跡という対応ではない。

② ❌ 誤答「登呂遺跡と高松塚古墳」
登呂遺跡は弥生後期の水田集落、高松塚古墳は飛鳥時代の壁画古墳である。農耕の広がりと古墳文化の資料であり、開始期の組合せではない。

③ ✅ 正解「板付遺跡(福岡県)と菜畑遺跡(佐賀県)」
福岡県の板付遺跡と佐賀県の菜畑遺跡では縄文晩期にさかのぼる水田跡が確認された。北部九州が水稲農耕受容の先進地域だったことを示す組合せである。

④ ❌ 誤答「岩宿遺跡と大森貝塚」
岩宿遺跡は旧石器時代の打製石器、大森貝塚は縄文時代の貝塚を示す。どちらも初期水田遺構の組合せではない。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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