JH-B3-05|歴史総合・日本史探究 対策問題
室町時代の商工業について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
定期市の回数が増え、馬借などの運送業者や土倉・酒屋などの金融業者が活動した
背景・因果
応仁の乱のころには月6回の六斎市が一般化し、馬借・車借が物資を運び、土倉・酒屋が高利貸しを営んだ。取引には宋銭・明銭が使われ、粗悪な銭を嫌う撰銭も起こった。土倉・酒屋が徳政一揆の襲撃対象になったこととあわせて理解する。
覚えるポイント
核となる対応:「定期市の回数が増え、馬借などの運送業者や土倉・酒屋などの金融業者が活動した」。室町期には六斎市など定期市が増え、馬借・車借が運送を担い、土倉・酒屋が金融業を営んだ。商品・貨幣経済の発達を示す組合せである。
混同防止「貨幣は使われず、すべて物々交換だった」:宋銭・明銭など渡来銭が広く流通し、銭の質を選ぶ撰銭も起こった。すべて物々交換で貨幣を使わなかったわけではない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「座は廃止され、商工業者の団体は存在しなかった」
同業者団体の座は寺社・公家などの保護を受けて活動した。座の特権を否定する楽市・楽座が広がるのは主に戦国大名・織田信長の時期である。
② ❌ 誤答「商業の中心は蝦夷地だった」
商業は京都・奈良や港町、各地の市で発達し、蝦夷地だけが中心ではない。蝦夷地は本州との交易圏の一部だが全国商業の中心とはいえない。
③ ✅ 正解「定期市の回数が増え、馬借などの運送業者や土倉・酒屋などの金融業者が活動した」
室町期には六斎市など定期市が増え、馬借・車借が運送を担い、土倉・酒屋が金融業を営んだ。商品・貨幣経済の発達を示す組合せである。
④ ❌ 誤答「貨幣は使われず、すべて物々交換だった」
宋銭・明銭など渡来銭が広く流通し、銭の質を選ぶ撰銭も起こった。すべて物々交換で貨幣を使わなかったわけではない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。