JH-B3-12|歴史総合・日本史探究 対策問題
足利義満の事績として最も適切な組合せはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
南北朝の合一を実現し、明との勘合貿易を始め、北山に金閣を造営した
背景・因果
3代将軍足利義満は1392年に南北朝の合一を実現し、京都室町の「花の御所」で幕政を主導、太政大臣にも就いた。1404年には勘合貿易を開始し、「日本国王」として明と通交した。金閣に代表される北山文化の担い手でもある。一人の人物に政治・外交・文化を束ねて問う典型例。
覚えるポイント
核となる対応:「南北朝の合一を実現し、明との勘合貿易を始め、北山に金閣を造営した」。足利義満は1392年に南北朝を合一し、1404年に明との勘合貿易を始め、北山に金閣を造営した。政治・外交・文化の事績がすべて対応する。
混同防止「建武の新政を行い、室町幕府を滅ぼした」:建武の新政を行ったのは後醍醐天皇で、足利尊氏がこれに反して室町幕府を開いた。義満は3代将軍として幕府を最盛期へ導いた。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「南北朝の合一を実現し、明との勘合貿易を始め、北山に金閣を造営した」
足利義満は1392年に南北朝を合一し、1404年に明との勘合貿易を始め、北山に金閣を造営した。政治・外交・文化の事績がすべて対応する。
② ❌ 誤答「建武の新政を行い、室町幕府を滅ぼした」
建武の新政を行ったのは後醍醐天皇で、足利尊氏がこれに反して室町幕府を開いた。義満は3代将軍として幕府を最盛期へ導いた。
③ ❌ 誤答「応仁の乱を鎮圧し、戦国大名を統一した」
応仁の乱は8代将軍足利義政の時代に始まり、義満の死後半世紀以上たっている。義満が鎮圧して戦国大名を統一したのではない。
④ ❌ 誤答「御成敗式目を制定し、六波羅探題を設置した」
御成敗式目を制定したのは鎌倉幕府の北条泰時で、六波羅探題も鎌倉幕府の機関である。室町3代将軍義満の事績ではない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。