JH-B3-14歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究B 中世の日本と世界(3) 中世の国家・社会の展開と画期

中世の琉球と蝦夷ヶ島について述べた記述として最も適切なものはどれか。

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正解: 3

正解

琉球では尚巴志が三山を統一して王国を建て、蝦夷ヶ島では和人の進出に対しコシャマインの戦いが起こった

背景・因果

1429年に尚巴志が三山(北山・中山・南山)を統一して琉球王国が成立し、明・日本・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えた。蝦夷ヶ島(北海道)では和人の進出への不満から1457年にコシャマインの戦いが起こった。列島の南北から中世を見る視点は共通テストが好むテーマ。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「琉球では尚巴志が三山を統一して王国を建て、蝦夷ヶ島では和人の進出に対しコシャマインの戦いが起こった」。1429年に尚巴志が三山を統一して琉球王国を建て、蝦夷ヶ島では和人進出への反発から1457年にコシャマインの戦いが起こった。南北地域の対応が正しい。

  • 混同防止「琉球王国は日本の幕府が直接統治していた」:琉球王国は明へ朝貢しつつ日本・東南アジアと交易した独自の王国で、室町幕府の直接統治下ではない。薩摩藩の侵攻は1609年である。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「蝦夷ヶ島にはこの時期、人は住んでいなかった」
蝦夷ヶ島にはアイヌが暮らし、渡島半島南部には和人の館も築かれた。無人だったという説明は交易と衝突の前提を欠く。

② ❌ 誤答「琉球は貿易を一切行わない閉鎖的な国だった」
琉球は明・日本・東南アジアを結ぶ中継貿易で繁栄した。貿易を拒む閉鎖国家ではなく、海域交流が王国の基盤だった。

③ ✅ 正解「琉球では尚巴志が三山を統一して王国を建て、蝦夷ヶ島では和人の進出に対しコシャマインの戦いが起こった」
1429年に尚巴志が三山を統一して琉球王国を建て、蝦夷ヶ島では和人進出への反発から1457年にコシャマインの戦いが起こった。南北地域の対応が正しい。

④ ❌ 誤答「琉球王国は日本の幕府が直接統治していた」
琉球王国は明へ朝貢しつつ日本・東南アジアと交易した独自の王国で、室町幕府の直接統治下ではない。薩摩藩の侵攻は1609年である。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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