JT2-C26|歴史総合・日本史探究 対策問題
18世紀末〜19世紀初めの蝦夷地探査について、人物と業績の組合せとして正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
近藤重蔵=択捉島に「大日本恵登呂府」の標柱/間宮林蔵=樺太の探査
背景・因果
ロシアの接近を受け、幕府は近藤重蔵(1798年、択捉島に「大日本恵登呂府」)や間宮林蔵(樺太が島であることを確認)らに蝦夷地を探査させ、一時は蝦夷地を直轄化した。
覚えるポイント
ラクスマン・レザノフ来航と探査事業は同じ「北方危機」の表裏。伊能忠敬の蝦夷地測量もこの文脈にある。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「近藤重蔵=択捉島に「大日本恵登呂府」の標柱/間宮林蔵=樺太の探査」
近藤重蔵は1798年に択捉島へ渡り「大日本恵登呂府」の標柱を立て、間宮林蔵は樺太を探査して間宮海峡の存在を確認した。人物と北方探査の成果が正しい。
② ❌ 誤答「近藤重蔵=樺太の探査/間宮林蔵=択捉島の標柱」
近藤重蔵の代表的業績は択捉島の標柱、間宮林蔵は樺太探査である。二人の業績を入れ替えている。
③ ❌ 誤答「伊能忠敬=択捉島の標柱/杉田玄白=樺太の探査」
伊能忠敬は全国測量による日本地図、杉田玄白は『解体新書』の翻訳で知られる。択捉島標柱・樺太探査との対応はない。
④ ❌ 誤答「最上徳内=日本地図の完成/近藤重蔵=種痘の実施」
最上徳内は蝦夷地探査を行ったが全国実測図を完成させたのは伊能忠敬である。近藤重蔵も種痘の実施者ではなく北方探査の人物である。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。