JH-B3-16歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究B 中世の日本と世界(3) 中世の国家・社会の展開と画期

東山文化について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 1

正解

足利義政の時代に、書院造や枯山水の庭園など、簡素で深みのある文化が生まれた

背景・因果

8代将軍足利義政の時代の東山文化は、慈照寺銀閣・東求堂同仁斎(書院造)、枯山水(龍安寺石庭など)、雪舟の水墨画、侘び茶の源流(村田珠光)など、禅の影響を受けた簡素な美を特徴とする。義満の北山文化(金閣・世阿弥の能)との対比が最頻出。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「足利義政の時代に、書院造や枯山水の庭園など、簡素で深みのある文化が生まれた」。足利義政の東山文化では、書院造・枯山水・水墨画・侘び茶など禅の影響を受けた簡素な美が発達した。銀閣と東求堂同仁斎が代表である。

  • 混同防止「足利義満の時代の、金閣に代表される華やかな文化である」:金閣に代表される華やかな北山文化は3代将軍足利義満の時代である。義政の東山文化とは人物と建築が異なる。

選択肢別の検討

① ✅ 正解「足利義政の時代に、書院造や枯山水の庭園など、簡素で深みのある文化が生まれた」
足利義政の東山文化では、書院造・枯山水・水墨画・侘び茶など禅の影響を受けた簡素な美が発達した。銀閣と東求堂同仁斎が代表である。

② ❌ 誤答「足利義満の時代の、金閣に代表される華やかな文化である」
金閣に代表される華やかな北山文化は3代将軍足利義満の時代である。義政の東山文化とは人物と建築が異なる。

③ ❌ 誤答「桃山時代の、豪壮な天守と障壁画の文化である」
豪壮な天守や金碧障壁画は織田・豊臣政権期の桃山文化に対応する。室町後期の東山文化より後の文化である。

④ ❌ 誤答「元禄期の、上方町人を担い手とする文化である」
上方町人が担った元禄文化は17世紀後半から18世紀初頭の江戸時代である。室町時代の東山文化とは時代・担い手が異なる。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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