JH-C3-15|歴史総合・日本史探究 対策問題
天明の飢饉(1780年代)の影響について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
百姓一揆や打ちこわしが激増し、田沼意次の失脚と寛政の改革の背景となった
背景・因果
天明の飢饉は冷害に浅間山の大噴火(1783年)が重なって東北を中心に多数の餓死者を出し、百姓一揆・打ちこわしが激増した。江戸の大規模な打ちこわしの中で田沼意次が失脚し、松平定信の寛政の改革(囲米・飢饉対策)が始まる。飢饉→一揆→政策転換の因果で問われる。
覚えるポイント
核となる対応:「百姓一揆や打ちこわしが激増し、田沼意次の失脚と寛政の改革の背景となった」。天明の飢饉は冷害や浅間山噴火で東北を中心に深刻化し、一揆・打ちこわしを激増させた。田沼意次失脚と松平定信の寛政の改革の背景となった。
混同防止「飢饉の被害は皆無で、社会は安定していた」:多数の餓死者が出て都市でも打ちこわしが起こり、社会は大きく動揺した。被害が皆無で安定していたという説明は史実と反対である。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「百姓一揆や打ちこわしが激増し、田沼意次の失脚と寛政の改革の背景となった」
天明の飢饉は冷害や浅間山噴火で東北を中心に深刻化し、一揆・打ちこわしを激増させた。田沼意次失脚と松平定信の寛政の改革の背景となった。
② ❌ 誤答「飢饉の被害は皆無で、社会は安定していた」
多数の餓死者が出て都市でも打ちこわしが起こり、社会は大きく動揺した。被害が皆無で安定していたという説明は史実と反対である。
③ ❌ 誤答「この飢饉を機に幕府は倒れた」
飢饉は政策転換を促したが、江戸幕府はその後も1867年まで存続した。天明期に幕府が直ちに倒れたのではない。
④ ❌ 誤答「飢饉の影響は九州地方だけにとどまった」
被害はとくに東北で深刻で、江戸など各地の米価や社会不安にも波及した。九州だけに限られたという地域設定は誤りである。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。