JH-D1-04|歴史総合・日本史探究 対策問題
安政の大獄とその後の政局について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
大老井伊直弼が反対派を弾圧したが、桜田門外の変で暗殺され、幕府の権威は大きく揺らいだ
背景・因果
大老井伊直弼は勅許を得ないまま日米修好通商条約を結び、将軍継嗣問題とあわせて反対派の大名・志士を安政の大獄で弾圧し、吉田松陰らを処刑した。1860年の桜田門外の変で暗殺されると幕府の権威は失墜し、公武合体運動と尊王攘夷運動が展開する。
覚えるポイント
核となる対応:「大老井伊直弼が反対派を弾圧したが、桜田門外の変で暗殺され、幕府の権威は大きく揺らいだ」。大老井伊直弼は条約調印や将軍継嗣に反対する大名・志士を安政の大獄で弾圧した。1860年に桜田門外で暗殺され、幕府の権威低下が進んだ。
混同防止「井伊直弼は攘夷派に推されて大老となり、開国に反対した」:井伊直弼は開国・通商条約調印を進めた南紀派の大老で、攘夷派に推されて開国へ反対したのではない。勅許なしの条約調印が反対を招いた。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「井伊直弼は攘夷派に推されて大老となり、開国に反対した」
井伊直弼は開国・通商条約調印を進めた南紀派の大老で、攘夷派に推されて開国へ反対したのではない。勅許なしの条約調印が反対を招いた。
② ❌ 誤答「安政の大獄で処罰された者はいなかった」
安政の大獄では吉田松陰・橋本左内らが処刑され、徳川斉昭ら多数の大名・公家・志士が処罰された。処罰者がいなかったという説明は事実と反する。
③ ❌ 誤答「桜田門外の変の後、幕府の権威はかえって強まった」
最高権力者の大老が江戸城門外で暗殺されたことで幕府の威信は大きく傷ついた。その後、公武合体や尊王攘夷運動が激化しており、権威が強まったとはいえない。
④ ✅ 正解「大老井伊直弼が反対派を弾圧したが、桜田門外の変で暗殺され、幕府の権威は大きく揺らいだ」
大老井伊直弼は条約調印や将軍継嗣に反対する大名・志士を安政の大獄で弾圧した。1860年に桜田門外で暗殺され、幕府の権威低下が進んだ。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。