JT2-B28|歴史総合・日本史探究 対策問題
京都の日蓮宗(法華宗)門徒が結んだ法華一揆と、その弾圧について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
町衆に広まった法華一揆は、1536年に延暦寺などの攻撃で京都を追われた
背景・因果
京都の町衆に広まった日蓮宗門徒は法華一揆を結び一向一揆と対抗したが、1536年の天文法華の乱で延暦寺などの攻撃を受け、京都の日蓮宗寺院は焼かれた。
覚えるポイント
宗教勢力どうしの武力衝突が戦国期の都市を動かした例。一向一揆(浄土真宗)と法華一揆(日蓮宗)の担い手の違いを整理。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「法華一揆は幕府の正規軍として組織された」
法華一揆は室町幕府の正規軍ではなく、京都の日蓮宗門徒、とりわけ町衆が自衛と自治のために組織した宗教的一揆である。幕府の軍制に正式に組み込まれた組織ではない。
② ❌ 誤答「法華一揆は農村部だけの運動だった」
法華一揆の主な基盤は農村だけでなく、商工業者を含む京都の町衆にあった。農村を基盤とすることが多い浄土真宗の一向一揆との担い手の違いが重要である。
③ ❌ 誤答「弾圧したのは織田信長である」
法華一揆を京都から追ったのは1536年の天文法華の乱で攻撃した延暦寺と六角氏であり、織田信長ではない。信長による延暦寺焼き討ちは1571年で、別の事件である。
④ ✅ 正解「町衆に広まった法華一揆は、1536年に延暦寺などの攻撃で京都を追われた」
京都の町衆に広まった日蓮宗門徒は法華一揆を結成したが、1536年の天文法華の乱で延暦寺の僧兵や六角氏に攻撃され、寺院を焼かれて京都を追われた。都市住民と宗教勢力の結び付きを示す。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。