JT3-B12|歴史総合・日本史探究 対策問題
応仁の乱(1467〜77年)の影響として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
京都が荒廃し、幕府の権威が衰えて下剋上の風潮が広がった
背景・因果
8代将軍足利義政の後継争いに細川勝元と山名持豊(宗全)の対立が絡み、応仁の乱は11年に及んだ。主戦場の京都は焼け野原となり、公家や文化人は地方へ下って文化が地方に広がる一方、幕府の権威は失墜し、実力で上の者を倒す下剋上の戦国時代が始まった。
覚えるポイント
「乱→将軍権威の失墜→下剋上→戦国大名」という因果の連鎖で問われる。足軽の登場(『真如堂縁起』などの絵画資料)も資料問題で頻出。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「乱の直後に江戸幕府が成立した」
江戸幕府成立は徳川家康が征夷大将軍となった1603年で、応仁の乱終結1477年から126年後である。直後ではない。
② ✅ 正解「京都が荒廃し、幕府の権威が衰えて下剋上の風潮が広がった」
応仁の乱で京都は焼け、公家・文化人が地方へ移る一方、将軍権威が失墜した。実力で主君を倒す下剋上が進み、戦国大名の時代へ移った。
③ ❌ 誤答「幕府の支配力が全国で強化された」
乱は有力守護の対立を将軍が収拾できないまま長期化し、幕府支配力を弱めた。全国支配が強化されたという説明は結果が逆である。
④ ❌ 誤答「戦火を避けて朝廷が鎌倉へ移った」
朝廷は荒廃した京都に残り、鎌倉へ移っていない。文化人が各地へ下ったことと朝廷の遷都を混同している。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。