JT3-C26歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究C 近世の日本と世界(3) 近世の国家・社会の展開と画期

江戸時代の百姓一揆について述べた文として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 4

正解

17世紀の代表越訴型から、18世紀以降は広域の惣百姓一揆へと形態が変化した

背景・因果

百姓一揆は、17世紀には村の代表者が直訴する代表越訴型(佐倉惣五郎などの義民伝承)が中心だったが、18世紀以降は広い地域の百姓が団結する惣百姓一揆へと大規模化し、天明・天保の飢饉期には都市の打ちこわしも急増した。

覚えるポイント

一揆の件数の推移グラフ(飢饉の年に急増)は図表問題の定番。傘連判状(円形の署名で首謀者を隠す)も資料としてよく出る。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「一揆はすべて武力による城の攻略をめざした」
訴願・強訴・打ちこわしなど形態は多様で、すべてが武力で城を攻略し政権を倒す運動ではない。非武装の集団請願も多かった。

② ❌ 誤答「一揆の参加者が処罰されることはなかった」
一揆は支配秩序への違反とされ、指導者が処刑されるなど厳しい処罰を受けることがあった。参加者が常に免責されたのではない。

③ ❌ 誤答「一揆は明治時代に初めて出現した」
土一揆などは中世から存在し、江戸時代にも多数の百姓一揆が起きた。明治時代に初めて出現したのではない。

④ ✅ 正解「17世紀の代表越訴型から、18世紀以降は広域の惣百姓一揆へと形態が変化した」
百姓一揆は17世紀の代表者が領主へ訴える越訴型から、18世紀以降には村々の百姓が広域に結集する惣百姓一揆へ発展した。要求は年貢減免などが中心だった。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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