KZ-R8T-10|歴史総合・日本史探究 対策問題
地図は公家の冷泉為和が1531年以降に滞在した場所を示す。戦国時代に公家が地方へ下ったことから読み取れることとして最も適切なものはどれか。

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正解: 3
正解
戦乱で京都の生活基盤が揺らぐ一方、大名が都の文化を求めていた
背景・因果
応仁の乱後、公家は所領収入の減少と京都の荒廃に苦しみ、文化を求める戦国大名を頼って地方へ下った。和歌や古典の講義がその滞在を支えた。「文化の地方伝播」を人の移動から示す地図である。
覚えるポイント
滞在地が京都から離れた大名領に点在する分布が読みどころ。応仁の乱(1467〜77年)後の公家の地方下向、という背景知識と結び付ける。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「幕府が公家の地方移住を強制した」
室町幕府が公家へ一律に地方移住を命じたのではなく、戦乱と経済的困窮を背景に公家が大名の保護を求めた。各地に点在する滞在先も個別の関係を示す。
② ❌ 誤答「公家は地方で農業に専念した」
冷泉家が地方で提供したのは和歌や古典の講義で、農業への専念ではない。歌道の家としての専門性が滞在を支えた。
③ ✅ 正解「戦乱で京都の生活基盤が揺らぐ一方、大名が都の文化を求めていた」
応仁の乱後、京都の荒廃や所領収入の減少に苦しむ公家は、都の文化を求める戦国大名を頼って地方へ下った。地図に駿府・小田原・甲府など大名の本拠地が並ぶことがこの関係を示す。
④ ❌ 誤答「公家が武士を軍事的に指揮するためだった」
冷泉為和は歌道や古典の知識を伝える公家で、武士を率いる軍事指揮官ではない。滞在先が大名の本拠地なのは文化的需要による。
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。