KZ-R6HB-08|公共・政治経済 対策問題
資料が扱うバブル経済とその崩壊に関する知識として最も適切なものはどれか。

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正解: 4
正解
バブル崩壊後の日本では、株価や地価の急落と設備投資の落ち込みで成長率が低下し、金融機関が抱えた不良債権の処理が長期の課題となった
この問題のポイント
バブル経済の発生から崩壊、その後の長期低迷までの因果の流れを正しく押さえているかを問う。
解説
1985年のプラザ合意後、急速に進んだのは円高である。円高不況に対応するため日本銀行が低金利政策を続けた結果、余った資金が土地と株式に流れ込み、1980年代後半に地価・株価が実体からかけ離れて高騰した。これがバブル経済であり、バブル期に資産価格は上昇したのであって、下落し続けたのではない。
1989年からの金融引締めや土地関連融資の規制を経て、1990年代初めに株価・地価は急落した。資産価値の下落で企業は設備投資を減らし、資料のグラフのように各指標の伸びが鈍化・減少して、成長率は大きく低下した。
担保の土地の値下がりで、金融機関には回収困難な不良債権が大量に残り、1990年代後半には金融機関の破綻が相次いだ。その処理の長期化が「失われた10年」と呼ばれる低迷の大きな要因である。なお1990年代の日銀は景気対策として金利を引き下げており、引き上げ続けたのではない。
ひっかけポイント
プラザ合意後は円安ではなく円高。バブル期=資産価格の高騰、崩壊後=急落という時期と向きの対応を混同させる選択肢が定番。
選択肢の確認
①「バブル経済は、プラザ合意後の急激な円安を背景に発生した」
❌ 誤り。
プラザ合意後に急速に進んだのは円安ではなく円高であり、円高不況対策の低金利がバブルの背景となった。
②「バブル期の日本では、地価と株価が長期にわたって下落し続けた」
❌ 誤り。
バブル期には地価・株価が高騰したのであり、下落し続けたという記述は時期の取り違えである。
③「バブル崩壊への対応として、日本銀行は1990年代に政策金利を大幅に引き上げ続けた」
❌ 誤り。
1990年代の日本銀行は景気対策として金利を引き下げており、大幅な引き上げを続けたという記述は誤り。
④「バブル崩壊後の日本では、株価や地価の急落と設備投資の落ち込みで成長率が低下し、金融機関が抱えた不良債権の処理が長期の課題となった」
✅ 正しい。
正解。バブル崩壊後は株価・地価の急落と設備投資の落ち込みで成長率が低下し、金融機関の不良債権処理が長期の課題となった。
覚えるポイント
- バブルの背景は円高不況対策の低金利と過剰な資金
- 崩壊後は設備投資の減少と成長率の低下
- 不良債権処理の長期化が失われた10年の要因
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。