PE4-039公共・政治経済 対策問題

政治・経済A 現代日本の政治(4) 選挙・政党・世論

1993年の政治の変動についての説明として正しいものはどれか。

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正解: 3

正解

総選挙で自民党が過半数を割り、非自民8党派の連立による細川護熙内閣が成立した

この問題のポイント

55年体制崩壊の具体的経過を問う問題。細川連立内閣の成立と、その後の連立政治の展開を年代順に整理する。

解説

1993年、政治改革をめぐる対立から自民党が分裂し(新生党・新党さきがけの結成)、内閣不信任案可決を経て総選挙となった。結果、自民党は過半数を割り、共産党を除く非自民8党派が連立して、日本新党の細川護熙を首相とする内閣が成立した。38年ぶりの政権交代であり、55年体制の崩壊である。
細川内閣は1994年に政治改革四法(小選挙区比例代表並立制の導入など)を成立させた。
その後の展開も重要である。

  • 1994年:自民党・社会党・さきがけの連立により、社会党の村山富市内閣が成立(自民党が政権復帰)
  • 以後、日本の政治は連立政権が常態化した
    細川連立自体は約8か月の短命であり、単独政権の時代から連立の時代への転換点として理解したい。

ひっかけポイント
細川内閣は「非自民の連立」であり社会党単独政権ではない。翌1994年の村山内閣で自民党が早くも政権に復帰した点も、経過の理解を試す論点になる。

選択肢の確認

①「自民党が結党以来初めて衆議院の議席をすべて失った」
誤り。
誤答理由: 自民党は過半数を失ったが第1党の議席は維持した。全議席を失ったという説明は極端な誇張である。

②「この年に成立した連立政権は、その後30年間続いた」
誤り。
誤答理由: 細川連立政権は約8か月の短命に終わり、1994年には自社さ連立の村山内閣で自民党が政権に復帰した。30年間続いてはいない。

③「総選挙で自民党が過半数を割り、非自民8党派の連立による細川護熙内閣が成立した」
正しい。
正解。1993年の総選挙で自民党が過半数を割り、共産党を除く非自民8党派の連立により日本新党の細川護熙を首相とする内閣が成立した。

④「総選挙の結果、日本社会党が単独で政権を獲得した」
誤り。
誤答理由: 細川内閣は8党派の連立政権であり、社会党の単独政権ではない。社会党単独の政権は戦後には片山内閣(これも連立)を含め存在しない。

覚えるポイント

  • 1993年、非自民8党派連立の細川内閣が成立
  • 55年体制は38年で崩壊、政治改革四法へ
  • 1994年村山内閣(自社さ連立)で自民復帰

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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