PE6-061|公共・政治経済 対策問題
1985年のプラザ合意についての説明として最も適切なものはどれか。
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正解: 2
正解
先進5か国がドル高是正のための協調介入に合意し、その後急速に円高が進んで日本は円高不況に陥った
この問題のポイント
プラザ合意の内容と影響を問う問題。「ドル高是正=円高誘導→円高不況→超低金利→バブルへ」という因果の鎖が最重要。
解説
1980年代前半のアメリカは、財政赤字と貿易赤字の双子の赤字に苦しみ、ドル高が輸出産業を圧迫していた。
1985年9月、ニューヨークのプラザホテルで開かれた先進5か国財務相・中央銀行総裁会議(G5)は、ドル高を是正するための協調介入に合意した。これがプラザ合意である。
合意後、円相場は1ドル=約240円から1年ほどで150円台へと急騰した。輸出産業は打撃を受け、日本は円高不況に陥った。また、生産拠点を海外へ移す動きが進み、国内産業の空洞化が懸念されるようになった。
不況対策として日本銀行は公定歩合を史上最低水準(2.5%)まで引き下げた。このカネ余りが株式と土地への投機に向かい、バブル経済を生む土壌となった。プラザ合意はバブルの出発点として問われることが多い。
ひっかけポイント
是正されたのは「ドル高」であり、円高是正・円安誘導と逆に書く誤答が最頻出。プラザ合意→円高不況→低金利→バブルという連鎖まで問われる。
選択肢の確認
①「石油価格の引下げを産油国と消費国が約束した合意である」
❌ 誤り。
プラザ合意は為替に関するG5の合意であり、石油価格についての産油国との約束ではない。
②「先進5か国がドル高是正のための協調介入に合意し、その後急速に円高が進んで日本は円高不況に陥った」
✅ 正しい。
正解。1985年のプラザ合意でG5がドル高是正の協調介入に合意し、円は約240円から150円台へ急騰、日本は円高不況に陥った。
③「先進5か国が円高是正のための協調介入に合意し、その後急速に円安が進んだ」
❌ 誤り。
是正の対象はドル高であり、円高是正・円安進行という記述は方向が正反対である。
④「日本が固定為替相場制へ復帰することを決めた合意である」
❌ 誤り。
プラザ合意は変動相場制の下での協調介入の合意であり、固定相場制への復帰を決めたものではない。
覚えるポイント
- プラザ合意は1985年、G5によるドル高是正
- 急速な円高で円高不況・産業空洞化
- 対策の超低金利がバブル経済の土壌に
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。