PE7-053公共・政治経済 対策問題

政治・経済D 国際経済(2) 為替と国際通貨体制

1985年のプラザ合意についての説明として最も適切なものはどれか。

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正解: 4

正解

先進5か国がドル高の是正のための協調介入に合意し、その後の急速な円高で日本は円高不況に陥った

この問題のポイント

プラザ合意の内容(ドル高是正の協調介入)と、円高不況からバブル経済へという日本経済への連鎖を問う問題。

解説

1980年代前半のアメリカは、高金利政策によるドル高で輸出が振るわず、財政赤字と経常収支(貿易)赤字という「双子の赤字」に苦しんでいた。
1985年9月、ニューヨークのプラザホテルで開かれたG5(先進5か国財務相・中央銀行総裁会議)は、ドル高を是正するために各国が協調して為替市場に介入すること(協調介入)に合意した。これがプラザ合意である。
合意後、円相場は1ドル=240円前後から1年余りで150円台へと急激な円高が進み、日本の輸出産業は打撃を受けて円高不況に陥った。政府・日銀が内需拡大のための低金利政策を続けた結果、あふれた資金が株式と土地に流れ込み、1980年代後半のバブル経済を生む一因となった。また円高は日本企業の生産拠点の海外移転を加速させた。
なお1987年のルーブル合意は、逆に行き過ぎたドル安に歯止めをかけるためのものである。

ひっかけポイント
プラザ合意は「ドル高の是正」(円高誘導)であり、ドル安是正はルーブル合意。合意後は円安ではなく円高が進んだ点、その帰結が円高不況→バブルという連鎖も頻出。

選択肢の確認

①「先進各国が、行き過ぎたドル安を止めるための協調介入に合意した」
誤り。
誤答理由: プラザ合意はドル高の是正、すなわち円高方向への誘導の合意である。行き過ぎたドル安を止めたのは1987年のルーブル合意である。

②「この合意により、主要国は固定為替相場制に復帰した」
誤り。
誤答理由: プラザ合意は変動相場制の下での協調介入の合意であり、固定相場制への復帰を決めたものではない。

③「合意後は急速な円安が進み、日本の輸出産業は空前の好況を迎えた」
誤り。
誤答理由: 合意後は円安ではなく急速な円高が進み、輸出産業は打撃を受けて円高不況となった。好況という記述は事実と逆である。

④「先進5か国がドル高の是正のための協調介入に合意し、その後の急速な円高で日本は円高不況に陥った」
正しい。
正解。1985年のプラザ合意でG5はドル高是正の協調介入に合意し、急速な円高が進んで日本は円高不況に陥り、のちのバブルの一因ともなった。

覚えるポイント

  • 1985年G5がドル高是正の協調介入に合意
  • 急速な円高で円高不況、のちバブル経済の一因に
  • ドル安に歯止めをかけたのはルーブル合意(1987年)

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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