PE9-036公共・政治経済 対策問題

政治・経済B 現代日本の経済(3) 日本経済の歩みと課題

1985年のプラザ合意とその後の日本経済についての説明として最も適切なものはどれか。

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正解: 1

正解

ドル高是正の協調介入に合意した結果、急激な円高が進んで円高不況となり、その後の金融緩和がバブル経済の一因となった

この問題のポイント

プラザ合意の内容と、円高不況からバブルへ至る因果の連鎖を問う。「ドル高是正=円高」という向きの理解が第一関門。

解説

1980年代前半のアメリカは、高金利によるドル高で貿易赤字と財政赤字(双子の赤字)に苦しんでいた。
1985年、先進5か国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)はニューヨークのプラザホテルでドル高是正の協調介入に合意した(プラザ合意)。
その結果、円相場は1ドル=240円前後から1年余りで150円台へと急激な円高が進み、輸出産業が打撃を受ける円高不況となった。
日本銀行は不況対策として低金利政策(公定歩合の引き下げ)を続けたため、あふれた資金が土地と株式に流れ込み、1980年代後半のバブル経済(地価・株価の実体を離れた高騰)を生む一因となった。
「プラザ合意→円高不況→金融緩和→バブル」という因果の連鎖そのものが、整序・正誤の両形式で最頻出である。

ひっかけポイント
「ドル高是正」を円安と読み違える誤答が定番。ドルを安くする合意だから円は高くなる。円高は輸出企業に打撃である点も確認。

選択肢の確認

①「ドル高是正の協調介入に合意した結果、急激な円高が進んで円高不況となり、その後の金融緩和がバブル経済の一因となった」
正しい。
正解。プラザ合意はG5によるドル高是正の協調介入合意であり、急激な円高が円高不況を招き、対策の低金利政策が過剰流動性を生んでバブル経済の一因となった。

②「ドル安是正に合意した結果、急激な円安が進んで輸出が拡大した」
誤り。
誤答理由: 合意の内容はドル高の是正、すなわちドルを安くすることであり、その結果進んだのは円安ではなく円高である。

③「この合意により固定為替相場制が復活した」
誤り。
誤答理由: プラザ合意は変動相場制の下での政策協調であり、固定相場制を復活させたものではない。

④「円高により日本の輸出企業の業績が一斉に向上した」
誤り。
誤答理由: 急激な円高は輸出企業の採算を悪化させ、円高不況と呼ばれる打撃を与えた。業績向上という記述は逆である。

覚えるポイント

  • プラザ合意は1985年、G5によるドル高是正
  • 急激な円高→円高不況→低金利政策
  • 過剰流動性が1980年代後半のバブルへ

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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