PE9-026|公共・政治経済 対策問題
1955年に成立したいわゆる55年体制の説明として最も適切なものはどれか。
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正解: 2
正解
左右に分裂していた社会党の統一に対抗して保守合同で自由民主党が結成され、自民党優位の保革対立構造が続いた
この問題のポイント
55年体制の成立過程と実態を問う。「二大政党制ではなく自民党一党優位」という体制の性格が核心。
解説
1955年、講和条約への対応をめぐり左右に分裂していた日本社会党が統一されると、これに危機感を抱いた保守側も、自由党と日本民主党の保守合同によって自由民主党を結成した。
こうして成立した55年体制は、憲法・安全保障をめぐる保守(自民党)対革新(社会党)の対立構造である。ただし議席は自民党が約3分の2、社会党が約3分の1を占め続けたため、政権交代のない「1と2分の1政党制」とも呼ばれる自民党一党優位体制であった。
この体制は、リクルート事件などの政治腐敗と政治改革論議を経て、1993年に非自民の細川護熙連立内閣が成立するまで38年間続いた。
成立(1955年)と崩壊(1993年)の両端の年号は、政治史の整序問題の基準点として必ず押さえる。
ひっかけポイント
55年体制を「二大政党が交互に政権交代」とする誤答が定番。実際には自民党が一貫して政権を握る一党優位体制だった。
選択肢の確認
①「全ての政党が解散して大政翼賛会に合流した」
❌ 誤り。
誤答理由: 大政翼賛会への合流は1940年の戦時体制下の出来事であり、戦後の55年体制とは全く別である。
②「左右に分裂していた社会党の統一に対抗して保守合同で自由民主党が結成され、自民党優位の保革対立構造が続いた」
✅ 正しい。
正解。1955年に左右社会党の統一に対抗して自由党と日本民主党が保守合同で自由民主党を結成し、自民党約3分の2対社会党約3分の1の一党優位体制が1993年まで続いた。
③「自由民主党と日本社会党が交互に政権を担当する二大政党制が実現した」
❌ 誤り。
誤答理由: 55年体制下で政権交代は起こらず、自民党が一貫して政権を維持した。二大政党が交互に政権を担う体制ではなく1と2分の1政党制と呼ばれた。
④「共産党を中心とする連立政権が長期にわたって続いた」
❌ 誤り。
誤答理由: 共産党は55年体制下で一貫して野党であり、共産党中心の連立政権が成立した事実はない。
覚えるポイント
- 社会党統一→保守合同で自民党結成(1955年)
- 議席比はほぼ2対1の自民党一党優位
- 1993年細川連立内閣の成立で崩壊(38年間)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。