KZ-R7H-01歴史総合・世界史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和7年度 本試験

グラフは機械製綿糸の生産量と自給率(1890〜1910年)を日本と中国について示す。この期間の日本について読み取れることとして最も適切なものはどれか。

KZ-R7H-01の問題図版
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正解: 4

正解

生産量が増加し、自給率も上昇して綿糸の国産化が進んだ

この問題のポイント

1890〜1910年の日本の機械製綿糸について、生産量と自給率の両方が伸びたことを読み取る問題。日本の産業革命の軽工業段階の知識がグラフの裏付けになる。

解説

明治初期の日本は、綿糸を輸入に頼っていた。転機は1883年に開業した大阪紡績会社の成功である。渋沢栄一らが設立したこの会社は、輸入機械と昼夜2交代制で高い収益を上げ、紡績会社の設立ブームを起こした。
1890年代には国産綿糸が輸入品を押しのけ、自給率が上昇して輸入代替を達成する。さらに日清戦争(1894〜95年)後には、中国・朝鮮への輸出産業へと成長し、1897年には綿糸の輸出量が輸入量を上回った。
グラフの日本の線が右肩上がりなのは、この産業革命の進展を示す。
生産量と自給率という2種類の系列を凡例で確認し、両方が上昇していることを丁寧に読み取ればよい。

ひっかけポイント
生産量(棒グラフ)と自給率(折れ線)など、2種類の系列の取り違えを誘うのが統計問題の定番。紡績(綿糸)と製糸(生糸)の区別も、日本史側の頻出ひっかけ。

選択肢の確認

①「生産量は減少し続けた」
誤り。
グラフの日本の生産量は右肩上がりで推移しており、減少し続けたという読み取りは資料と反対である。

②「自給率は一貫して中国を下回った」
誤り。
グラフでは日本の自給率が上昇して中国を上回っており、一貫して下回ったとはいえない。

③「機械製綿糸は生産されていなかった」
誤り。
日本では1880年代から機械制紡績工場が次々に設立され、機械製綿糸が現に大量生産されていた。

④「生産量が増加し、自給率も上昇して綿糸の国産化が進んだ」
正しい。
1883年の大阪紡績会社の成功以降、日本の機械製綿糸生産は急増し、1890年代には輸入代替を達成して日清戦争後には輸出産業へ成長した。

覚えるポイント

  • 大阪紡績会社は1883年開業、渋沢栄一ら
  • 1890年代に輸入代替、1897年綿糸輸出が輸入を超える
  • 日本の産業革命は綿紡績など軽工業から本格化

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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