RS2-039歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち

極東国際軍事裁判(東京裁判)について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 1

正解

連合国が東条英機らA級戦犯を「平和に対する罪」などで裁いた

この問題のポイント

極東国際軍事裁判(東京裁判)の主体・被告・罪名を問う。連合国がA級戦犯を「平和に対する罪」で裁いた点が核心。

解説

極東国際軍事裁判(東京裁判)は、1946年5月から1948年11月まで東京で開かれた、連合国による日本の戦争指導者に対する裁判である。日本の裁判所が自主的に開いたものではない。
東条英機元首相ら28名が、侵略戦争の計画・遂行を罪とする
平和に対する罪
などでA級戦犯として起訴された。判決では東条ら7名が死刑、ほかの被告も終身刑などとなった。ドイツのニュルンベルク裁判と対をなす、連合国による戦後処理の柱である。
一方で、行為の後から定められた罪で裁く事後法ではないかという批判、昭和天皇が訴追されなかったこと、連合国側の行為は裁かれなかったことなど、裁判をめぐる論点も多い。共通テストではこうした評価の対立自体が資料問題として出題される。

ひっかけポイント
「日本の裁判所が開いた」「全員無罪」という選択肢は明確な誤り。ニュルンベルク裁判(ドイツ)との混同や、開催時期を戦前とするずらしにも注意。

選択肢の確認

①「連合国が東条英機らA級戦犯を「平和に対する罪」などで裁いた」
正しい。
極東国際軍事裁判は1946〜48年、連合国が東条英機らを平和に対する罪などで裁いた。A級戦犯被告28人が起訴され、判決を受けた25人は全員有罪となった。

②「日本の裁判所が自主的に開いた裁判である」
誤り。
裁判は連合国軍最高司令官の特別宣言に基づく国際軍事法廷で、日本の裁判所が自主的に設けたものではない。裁判官・検察官も連合国側から出た。

③「被告は全員無罪となった」
誤り。
病死・訴追免除を除き判決を受けた被告は全員有罪で、東条英機ら7人が死刑となった。全員無罪という説明は逆である。

④「裁判は1930年代に行われた」
誤り。
裁判は敗戦後の1946年に開廷し、1948年に判決が出た。満州事変・日中戦争期の1930年代に行われたのではない。

覚えるポイント

  • 東京裁判は1946〜48年、連合国が実施
  • 東条英機ら28名をA級戦犯(平和に対する罪)として起訴、7名死刑
  • 事後法批判・天皇不訴追などが論点として頻出

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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