RS2-045歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合D グローバル化と私たち(2) 冷戦と世界経済

1973年の変動相場制への移行が日本経済に意味したこととして最も適切なものはどれか。

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正解: 4

正解

円の対ドル相場が市場で日々変動するようになり、円高が輸出企業の課題となっていった

この問題のポイント

変動相場制移行(1973年)が日本経済に持った意味を問う。円相場が市場で決まり、円高が輸出企業の課題になったという理解がポイント。

解説

変動相場制とは、通貨の交換比率を政府が固定せず、外国為替市場の需要と供給によって日々決める仕組みである。日本は1973年、1ドル=360円時代を終えてこの制度に移行した。
割安に固定された円は輸出に有利だったから、固定相場は高度経済成長を支える前提の一つだった。変動相場制のもとでは長期的に円高が進み、輸出企業は常に為替変動のリスクを抱えることになった。
特に1985年のプラザ合意でドル高の是正が合意されると円高が急速に進み、輸出産業は円高不況に見舞われた。企業は工場の海外移転を進めて産業の空洞化が課題となり、一方で不況対策の低金利政策は、のちのバブル経済を生む一因となった。為替制度の変化が産業構造まで変えたことを押さえたい。

ひっかけポイント
「固定相場の復活」「交換の禁止」など制度を取り違えさせる選択肢に注意。変動相場制=市場が決める、という定義を確実に。プラザ合意(1985年)との時系列も頻出。

選択肢の確認

①「円とドルの交換が全面的に禁止された」
誤り。
変動相場制でも円とドルの交換・外国為替取引は行われる。交換禁止ではなく、交換比率を固定せず市場で決める制度である。

②「1ドル=360円の固定相場が復活した」
誤り。
1ドル360円の固定相場は1949年から続いたが、ドル・ショック後に崩れ、1973年に変動相場制となった。固定相場が復活したという説明は方向が逆である。

③「為替相場は国会の議決で決められるようになった」
誤り。
為替相場は市場取引で形成され、日本銀行などが介入することはあっても国会が日々議決しない。法律制定と市場価格決定を混同している。

④「円の対ドル相場が市場で日々変動するようになり、円高が輸出企業の課題となっていった」
正しい。
1973年以降、円の対ドル相場は外国為替市場の需給で変動するようになった。長期的な円高、とくに1985年プラザ合意後の急上昇が輸出企業の海外移転を促した。

覚えるポイント

  • 変動相場制移行は1973年、1ドル=360円時代の終わり
  • 変動相場制では相場は市場の需給で決まる
  • プラザ合意(1985年)後に急激な円高、円高不況と海外移転

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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