RS3-003歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合A 歴史の扉(2) 歴史の特質と資料

個人の日記を歴史資料として使うときの説明として最も適切なものはどれか。

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正解: 1

正解

書き手の立場や関心による偏りを踏まえたうえで、当時の生活や意識を知る手がかりにする

この問題のポイント

日記を歴史資料として使う姿勢を問う。偏りを踏まえたうえで生活や意識を知る手がかりにする、という資料批判の基本が答え。

解説

歴史資料には、公文書・新聞・統計のような公的な記録のほかに、日記や手紙のような私的な記録も含まれる。
日記は書き手の立場・関心・感情を色濃く反映するため、書かれた内容をそのまま客観的事実と見なすことはできない。記憶違いや思い込み、自分をよく見せようとする脚色もありうる。
しかし、だからこそ日記には、公文書には残らない情報が詰まっている。物価上昇の実感、流行、事件に対する庶民の受け止め方など、当時の生活や意識を伝えてくれるのである。書き手がどんな人物で、どのような立場から書いたのかを確認し、他の資料と突き合わせて偏りを補正しながら使うのが資料批判の基本である。「私的だから使えない」も「書いてあるから事実」も、どちらも誤った態度といえる。

ひっかけポイント
「資料として使えない」と「すべて客観的事実」という両極端の選択肢はどちらも誤り。共通テストでは「性格を踏まえて活用する」という中間の姿勢が一貫して正解になる。

選択肢の確認

①「書き手の立場や関心による偏りを踏まえたうえで、当時の生活や意識を知る手がかりにする」
正しい。
日記は書き手の立場・関心による偏りを持つ一方、当時の日常生活や感情、認識を知る一次資料になる。作成背景を踏まえて他資料と照合する。

②「日記は私的な記録なので歴史資料としては使えない」
誤り。
私的記録だからこそ公文書に表れにくい生活や意識を伝える場合がある。私的であることだけを理由に史料価値を否定できない。

③「日記に書かれたことはすべて客観的な事実である」
誤り。
日記は記憶違い、自己正当化、見聞範囲の限界を含み得る。記述をすべて客観的事実とみなすのは史料批判を欠く。

④「日記は公文書と違い、内容を検討する必要がない」
誤り。
公文書・新聞・日記のいずれも作成目的や立場の検討が必要である。日記だけを無批判に利用してよいわけではない。

覚えるポイント

  • 日記は書き手の立場・関心による偏りを持つ
  • 偏りがあっても生活・意識を知る貴重な手がかりになる
  • 他の資料との突き合わせで偏りを補正して使う

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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