WT-B3-02歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究B 諸地域の歴史的特質の形成(3) 諸地域の歴史的特質

漢の武帝の政策として正しいものはどれか。

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正解: 1

正解

張騫を大月氏に派遣し、儒学を官学とした

この問題のポイント

漢の武帝の政策を問う問題。「張騫の大月氏派遣」と「儒学の官学化」の2本柱を知っていれば即答できる。

解説

前202年に成立した漢(前漢)は、当初は郡県制と封建制を併用する郡国制をとり、国力の回復に努めた。前2世紀後半に即位した第7代の武帝は、蓄えられた国力を背景に積極政策へ転じた。

最大の課題は北方の遊牧国家匈奴だった。武帝は匈奴を挟み撃ちにするため、張騫を西方の大月氏へ派遣した。同盟は成立しなかったが、張騫がもたらした西域の情報により、のちに絹などが行き交う東西交易路(いわゆるシルク・ロード)が発展した。

内政では董仲舒の献策を受けて儒学を官学とし、以後2000年におよぶ儒学中心の中国の統治理念が定まった。

また、たび重なる遠征で財政が苦しくなると、塩・鉄の専売や均輸・平準といった経済統制策を行った。武帝の時代は漢の最盛期とされる。

ひっかけポイント
焚書・坑儒は秦の始皇帝(法家)の政策で、儒学を官学化した漢とは正反対。科挙は隋、均田制は北魏に始まる制度で、王朝の入れ替えに注意。

選択肢の確認

①「張騫を大月氏に派遣し、儒学を官学とした」
正しい。
前2世紀の武帝は匈奴挟撃のため張騫を大月氏へ派遣し、董仲舒の献策で儒学を官学とした。塩・鉄の専売など経済統制も行った。

②「焚書・坑儒により儒家を弾圧した」
誤り。
焚書・坑儒は秦の始皇帝が行った思想統制であり、儒学を官学とした武帝の政策とは正反対である。

③「科挙を創設した」
誤り。
科挙を創設したのは隋の文帝で、漢の武帝より700年ほどあとのことである。

④「均田制を初めて実施した」
誤り。
均田制を初めて実施したのは5世紀末の北魏の孝文帝で、漢代の制度ではない。

覚えるポイント

  • 武帝は張騫を大月氏へ派遣(目的は匈奴挟撃)
  • 董仲舒の献策で儒学を官学化
  • 塩・鉄の専売で財政再建、漢の最盛期を築く

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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