KZ-R8H-13|歴史総合・世界史探究 対策問題
グラフ1で、1990年代には公定歩合が引き下げられ、過去に例のない低い水準へ向かっている。この低金利政策の背景として最も適切なものはどれか。

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正解: 4
正解
バブル崩壊後の平成不況に対応し、景気を刺激するため金利が引き下げられた
この問題のポイント
1990年代の公定歩合引き下げの背景を問う問題。バブル崩壊後の平成不況と、景気刺激のための低金利政策という因果で、グラフ終盤の金利低下を説明する。
解説
1989年から日本銀行は、地価と株価の高騰を抑えるため金融引き締めに転じ、公定歩合を引き上げた。土地取引への融資規制も加わり、1990年代初めに株価・地価は急落してバブル経済は崩壊した。
景気は一転して長い停滞に入る。企業と銀行は回収困難な不良債権を抱え、投資と消費は冷え込んだ。いわゆる平成不況である。
日本銀行は景気を下支えするため公定歩合を段階的に引き下げ、1995年には0.5%という当時例のない水準に達した。グラフの終盤で金利の線が底に張り付いていくのは、この超低金利政策を示している。
1997年には金融機関の破綻が相次ぎ、不況は金融危機の様相を深めた。金利の山はインフレ・バブル退治、金利の谷は不況対策という対応関係で、戦後日本の金融史を通して読み取りたい。
ひっかけポイント
同じ低金利でも、1980年代後半はバブルを生んだ緩和、1990年代は不況対策の緩和と目的が異なる。狂乱物価(1973年ごろ)への対応は公定歩合の引き上げで、方向が逆である。
選択肢の確認
①「狂乱物価とよばれる激しいインフレを抑えるためだった」
❌ 誤り。
狂乱物価は1973年の第1次石油危機に伴う物価急騰で、対応は公定歩合9%への引き上げという引き締めだった。1990年代の引き下げとは時期も方向も逆である。
②「朝鮮戦争の特需景気の過熱を防ぐためだった」
❌ 誤り。
朝鮮戦争の特需景気は1950年代初めの出来事で、グラフの1990年代とは40年もずれている。
③「金融恐慌による取付け騒ぎを鎮めるためだった」
❌ 誤り。
金融恐慌による取付け騒ぎは1927年(昭和2年)の出来事で、戦前の昭和金融史に属する。1990年代の低金利政策の背景ではない。
④「バブル崩壊後の平成不況に対応し、景気を刺激するため金利が引き下げられた」
✅ 正しい。
正解。1990年代初めのバブル崩壊で日本経済は平成不況に入り、日本銀行は景気刺激のため公定歩合を段階的に引き下げた。グラフ終盤の金利低下はこれを示す。
覚えるポイント
- 1989年からの金融引き締めでバブル崩壊
- 1990年代は平成不況、不良債権問題が深刻化
- 公定歩合は1995年に0.5%まで低下
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。