WT-C2-01|歴史総合・世界史探究 対策問題
イスラームの成立について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
ムハンマドが唯一神アッラーへの帰依を説き、622年にメディナへ移住した
この問題のポイント
イスラーム成立の基本事項を問う問題。「ムハンマド・アッラー・622年ヒジュラ」の3点セットで解ける。
解説
6世紀後半のアラビア半島では、ビザンツ帝国とササン朝の抗争の影響で交易路が半島側に移り、メッカが中継都市として繁栄する一方、貧富の差が拡大していた。
メッカの商人ムハンマドは610年ごろ、唯一神アッラーへの絶対的帰依(イスラーム)を説き始めた。偶像崇拝と部族の別を否定する教えは、メッカの大商人たちの迫害を招いた。
そこでムハンマドは622年、信者とともに北方のメディナへ移住した。これをヒジュラ(聖遷)といい、この年がイスラーム暦(ヒジュラ暦)の元年とされる。メディナで信仰共同体ウンマを築いた彼は、630年にメッカを征服し、半島の大部分を統一した。
ムハンマドの死後、共同体は正統カリフ時代、ウマイヤ朝、アッバース朝へと発展し、西アジアから北アフリカ・イベリア半島におよぶ大帝国となった。
ひっかけポイント
ローマ帝国がキリスト教を「直ちに」国教としたという選択肢は、公認(313年)まで約300年の迫害があった史実に反する。622年ヒジュラをムハンマドの生誕年や死去年と混同しない。
選択肢の確認
①「ゾロアスターがササン朝の国教として開いた」
❌ 誤り。
ゾロアスター教はイラン起源の宗教で、ササン朝の国教とされたがイスラームとは別の宗教である。
②「ムハンマドが唯一神アッラーへの帰依を説き、622年にメディナへ移住した」
✅ 正しい。
メッカの商人ムハンマドは唯一神アッラーへの帰依を説き、迫害を受けて622年にメディナへ移住した。この聖遷がイスラーム暦の元年である。
③「イエスがエルサレムで開き、ローマ帝国が直ちに国教とした」
❌ 誤り。
イエスが開いたのはキリスト教であり、しかもローマ帝国は当初これを迫害し、国教とされたのは392年で直ちにではない。
④「ガウタマ・シッダールタがガンジス川流域で開いた」
❌ 誤り。
ガウタマ・シッダールタが開いたのは前5世紀ごろの仏教で、イスラームの成立とは1000年以上離れている。
覚えるポイント
- 622年ヒジュラ(メッカからメディナへ)=イスラーム暦元年
- ムハンマドは唯一神アッラーへの帰依を説くメッカの商人
- 死後は正統カリフ→ウマイヤ朝→アッバース朝と発展
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。