WT2-B15|歴史総合・世界史探究 対策問題
アフリカの歴史について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
西アフリカのマリ王国は金の交易で栄え、王マンサ・ムーサのメッカ巡礼で知られる
この問題のポイント
西アフリカのマリ王国を問う問題。「金と塩のサハラ縦断交易」と「マンサ・ムーサのメッカ巡礼」の2大キーワードで解ける。
解説
サハラ砂漠の南の西アフリカでは、豊富に産出する金と、サハラの岩塩層から採れる塩を交換するサハラ縦断交易が古くから栄えていた。ラクダの隊商がこの交易を担った。
この富を基盤に、まずガーナ王国が栄えたが、11世紀にモロッコのムラービト朝の攻撃を受けて衰えた。これを機に西アフリカのイスラーム化が進み、13世紀にはイスラームを受容したマリ王国が成立した。
マリ王国のマンサ・ムーサ王は、14世紀前半に大量の金と多数の従者を率いてメッカ巡礼を行った。途中のカイロで金を惜しみなく使ったため金の相場が下落したと伝えられ、その富はイスラーム世界やヨーロッパの地図にまで描かれるほど知れ渡った。
交易都市トンブクトゥは学問の中心として栄えた。一方、アフリカ東岸では、マリンディ・キルワなどの海港都市がインド洋交易で栄え、バントゥー系の言語にアラビア語が混じったスワヒリ語の文化圏が形成された。
ひっかけポイント
ガーナ王国→マリ王国→ソンガイ王国という西アフリカの王国の順序の入れ替えに注意。「サハラ以南に文明はない」型の選択肢は、出題が増えるアフリカ史で必ず誤りとされる。
選択肢の確認
①「アフリカ東岸は外部との交易を一切行わなかった」
❌ 誤り。
アフリカ東岸ではスワヒリ語圏の交易都市がインド洋交易で結ばれており、外部との交易は盛んだった。
②「イスラームはアフリカには伝わらなかった」
❌ 誤り。
イスラームは北アフリカから西アフリカや東岸の交易都市へも広まり、マリ王国の王自身がメッカ巡礼を行っている。
③「西アフリカのマリ王国は金の交易で栄え、王マンサ・ムーサのメッカ巡礼で知られる」
✅ 正しい。
マリ王国は金と塩を交換するサハラ縦断交易で栄え、王マンサ・ムーサは14世紀に大量の金を携えてメッカ巡礼を行った。
④「サハラ以南には文明は存在しなかった」
❌ 誤り。
サハラ以南にはガーナ・マリ・ソンガイやジンバブエなどの国家が栄えており、文明が存在しなかったという説明は誤りである。
覚えるポイント
- 西アフリカは金と塩のサハラ縦断交易で繁栄
- マリ王国のマンサ・ムーサは14世紀メッカ巡礼
- 東岸はスワヒリ文化圏(バントゥー系言語+アラビア語)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。