WT4-E11歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

クリミア戦争(1853〜56年)について述べた文として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 2

正解

ロシアの南下政策を英仏などが阻んだ戦争で、ナイチンゲールの看護活動でも知られる

この問題のポイント

クリミア戦争の構図を問う問題。ロシアの南下政策を英仏が阻んだ戦争、という基本構図とナイチンゲールの活動で解ける。

解説

南下政策とは、ロシアが冬でも凍らない港と地中海への出口を求めて南へ勢力を広げようとした政策である。
ロシアは聖地イェルサレムの管理権問題を口実に、1853年オスマン帝国に開戦した。しかしロシアの南下を警戒するイギリス・フランスなどがオスマン側で参戦し、ロシアはセヴァストーポリ要塞の陥落で敗北した。これがクリミア戦争(1853〜56年)である。
この戦争ではナイチンゲールが戦地で看護活動を行い、近代看護の出発点となった。その経験は国際赤十字の創設(1864年)にもつながった。
敗れたロシアでは農奴解放などの大改革が、オスマン帝国でもタンジマートの改革が進むことになる。

ひっかけポイント
ロシアは「敗北」した側であり、地中海への出口は得ていない。敗戦国ロシアの農奴解放、当事国オスマンの改革加速、という戦後への因果もセットで問われる。

選択肢の確認

①「この戦争で国際赤十字が解散した」
誤り。
国際赤十字はこの戦争の経験も踏まえて1864年に発足したものであり、解散したのではない。

②「ロシアの南下政策を英仏などが阻んだ戦争で、ナイチンゲールの看護活動でも知られる」
正しい。
正解。聖地管理権を口実に南下をはかったロシアに対しイギリス・フランスがオスマン側で参戦した戦争であり、ナイチンゲールの看護活動でも知られる。

③「ロシアが勝利して地中海への出口を確保した」
誤り。
ロシアはセヴァストーポリ要塞の陥落で敗北し、パリ条約で黒海の中立化を受け入れたため、南下は阻まれた。

④「アメリカが主戦場となった」
誤り。
主戦場は黒海に面したクリミア半島であり、アメリカではない。同時期のアメリカでは南北の対立が深まっていた。

覚えるポイント

  • クリミア戦争は1853〜56年、ロシア対オスマン・英仏
  • ロシア敗北→アレクサンドル2世の農奴解放令(1861年)
  • ナイチンゲールの看護活動→国際赤十字創設(1864年)へ

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

WT4-E10WT4-E12