WT4-E20|歴史総合・世界史探究 対策問題
19世紀を通じてオーストリア帝国が抱えた課題として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
多民族国家として国内のナショナリズムの高まりに直面した
この問題のポイント
オーストリア帝国の構造的課題を問う問題。多民族国家とナショナリズムの緊張という19世紀の大テーマで解ける。
解説
オーストリア帝国は、支配層のドイツ人のほか、マジャール人(ハンガリー人)・チェコ人・南スラヴ系など多数の民族を抱える多民族国家だった。
19世紀に各民族が自立を求めるナショナリズムが高まると、それは帝国の存立そのものを揺るがす脅威となった。
普墺戦争(1866年)に敗れて弱体化した帝国は、1867年、最大の少数民族マジャール人とアウスグライヒ(妥協)を結び、ハンガリーに自治を認めてオーストリア=ハンガリー帝国に再編した。
しかしスラヴ系民族の不満は解消されず、バルカン半島の民族問題と結び付いて、サライェヴォ事件と第一次世界大戦の火種となっていく。
ひっかけポイント
「単一民族国家」「海外植民地の独立運動」は正反対の内容。多民族帝国対ナショナリズムの緊張は、オスマン帝国・ロシア帝国とも共通する構図として比較で問われる。
選択肢の確認
①「宗教改革への対応に追われた」
❌ 誤り。
宗教改革への対応は16世紀から17世紀の課題であり、19世紀の中心的な問題ではない。
②「多民族国家として国内のナショナリズムの高まりに直面した」
✅ 正しい。
正解。ドイツ人・マジャール人・チェコ人・南スラヴ系など多くの民族を抱えるオーストリア帝国は、19世紀のナショナリズムの高まりに直面した。
③「単一民族国家として民族問題と無縁だった」
❌ 誤り。
オーストリア帝国は代表的な多民族国家であり、1867年にはハンガリーに自治を認めるアウスグライヒで再編された。
④「海外植民地の独立運動に苦しんだ」
❌ 誤り。
オーストリアは海外植民地をほとんど持たず、直面した課題は帝国内部の民族運動であった。
覚えるポイント
- オーストリアは多民族国家、ナショナリズムが脅威
- 1867年アウスグライヒでオーストリア=ハンガリー帝国に
- スラヴ系の不満が第一次世界大戦の火種に
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。